「私の事、好きじゃないならもう優しくなんてしないで…特別な誰かの為に…楓ちゃんの為に…その優しさを使ってよ…」


衣乃は俺に背を向けて屋敷に

戻ろうと歩き始めた。


俺は何も考える暇もなく衣乃の

背中をぎゅっと抱きしめた。


「……ごめん」


俺の口からでた言葉。


『好きだよ』と伝えればよかったのに……

結局、怖くて逃げた二文字。



衣乃は俺の手を払ってゆっくり俺の目を見て

屋敷へ戻っていった。



はじめて見た顔だった……


悲しい顔でもない。

呆れてる顔でもない。


衣乃の心が壊れたような……

痛みも何も忘れてしまったような顔だった。