それは戦国時代と呼ばれる下克上の渦のなかにあった、ある晴れた日の甲斐国でのこと。


後に武田信玄としてその名を全国に広めることになる甲斐源氏武田家第十九代当主・武田晴信は、まだ陽も昇りきらない時間から城の一室で地図を広げていた。

眉間に深い深いしわを刻みながら。


その片手にはこの山の国では採れるはずのない海の物。一枚の貝殻が握られている。




「あら殿。こんな朝早くから何をなさっているのかと思ったら…怖いお顔になっていらっしゃいますよ」


「おお。ミツか」