名前も知らないその彼が、あたしにゆっくりと近付いてきてきて。




後ろは壁。



え?や。



いくらなんでも、この距離は近すぎない?



「俺、七星輝(ななせ ひかる)。2年D組。もしなんならさ、このまま付き合っちゃう?」

俺と。



そう言って、輝はあたしを壁に囲い込んだ。


輝の体に隠されて他のメンバーの様子は見えなかったけど、冷やかしの声があちこちから聞こえてくる。


恥ずかしくなって逃げようとしたけど、輝の意外にもがっしりした両腕が、あたしの逃げ道を塞ぐ。


眼前には輝の顔。キスできそうなくらいに近い距離。



男の子と付き合うのは初めてじゃないけど、みんな流れや雰囲気だけで軽く付き合っただけだから、ドキドキするような『恋愛感情』を伴ったカレシは、居たことがなくて……。


今まで付き合った彼らとは、友達以上の関係が壊れるのが怖かった。


だから深い関係になる前に、自然消滅していったから、胸が高鳴るような[恋]とは無縁だった今までのあたし。


だけど輝の眼差しは、迂闊な答えを引き出させないほど真剣で。



でも何でだろう。

ステージに立った輝の、切ない掠れるようなあの歌声が、耳にこびりついて離れない。



輝に見つめられると、胸の奥が熱くなる。


きゅうん…と、身体中が疼く。


恋。



これがそうなのかな?



良く分からないまま、きっとあたしは無意識に、輝を見上げてこくりと頷いた。


同じ学年だったのに。輝の事は何も知らないのに。




結局、輝って男の子の事をよく知らないまま、あたしは七星輝と付き合うことになった。