血よりも愛すべき最愛


(Ⅲ)

戻ってきた小部屋で話されたことは到底信じられる物ではないが、昨晩のことあっては信じるしかあるまい。出された紅茶に口をつけつつ、『彼女』は吸血鬼と名乗るアイヴィーを下から上までまじまじと見つめた。

至って普通の男性。スポットライトを浴びてもおかしくない洋画の役者たる見目麗しさはあっても、所詮はそういった例えが出来るほど人外級の容姿ではない。

昨晩の骨の怪物のように人の皮を被っているのかと思えどつなぎ目が見えるわけでもなし。

「人の血を飲むのですか」

吸血鬼の証明としてひどく月並みなことをしたと、『彼女』はたどたどしくも聞く。

「それが僕の食料だからね。もっとも、最近はそう昔ほどでもなくなった。若返りし頃は村一つほど丸呑みしていたが、まだまだ青臭さがあっての愚行だよ。いくら家畜と言えども、余分に食しては己の体に障る。贅肉と変わらんよ。無尽蔵に勝手に増えて育つ家畜を、これまた無制限に飲み尽くす力が僕にはある。

けどね、歳を重ねていくと食事に飽いてしまうのだよ。家畜(個体)によって血の味の差はあろうとも、血は血。牛豚鶏と同等の話だ。こうして、家畜の嗜好品を口にするほど僕は食事に楽しみを見いだせなくなった」

同じく紅茶を口にするアイヴィー。

「生きるためだけの行動だ。月に一度か二度で事足りるほど、僕は食事をしなくなった。食事への意味(楽しみ)がなくなった以上、当然のこと。この嗜好品でさえも、本来ならば気が向いた時にしか飲まないものだが」

空のカップが机に置かれる。

「君と共に飲むことで甘みが増すようだ。味など変わるはずがないのに、君は僕の五感さえも狂わせて天上にでも誘ってくれるらしい。もはや大概のことはし尽くした身であったが、そういえば、これほどの恋情を身に宿したことはなかった。いわば、僕は半永久機関。故に子孫を残す必要はなく、それ一つで事足りる個体がため番(つがい)はなく、独りで居続けると思っていたが」

君に出会えたと、わざわざ『彼女』の足元に跪いたアイヴィー。時代錯誤なほどの紳士ぶりに『彼女』は戸惑うばかりだが、それで彼の熱情が冷めるわけもなかった。

「さて、君と出会えていない僕(過去)のつまらない話は終わりにしよう。どんな文学よりも勝る、君という奇跡の物語(人生)を聞きたいな。一から百まで余すことなく聞きたいが、手始めに名前を教えてくれないか」

「名前……、あ、の……、み、……ぁ」

です、と小さく呟く。
人と顔を合わせてこんなにも長く話すのは久々たる『彼女』にとっての精一杯。

万人が聞き返す声だろうとも、『彼女』のために機能していると言っても過言ではない彼の耳にはきちんと入った。

「『ミア』と言うのかい。我が最愛の名は。可愛らしく、愛らしい名だ」

それは昔から言われていたことだった。猫のようだとも。しかして、アイヴィーが込めた『可愛らしく、愛らしい』はそういった意味を含んでないだろう。

名前が可愛いというわけでなく、それが『彼女』を表すからこそ出た賞賛だ。同名が他にいたとしても、アイヴィーは同じ賞賛を彼女以外には向けない。

「これから……、私はどうなるのですか?」


血を吸われかけた身手前、警戒する心は残っているし、何よりもアイヴィーは「囲いたい」とも言っていた。

このままここに閉じこめられてしまうのか。そんな恐怖が顔に出たか、アイヴィーは困ったように目を細めた。