血よりも愛すべき最愛


「っ!」 

男から離れ、今度こそ逃げ出す『彼女』。

部屋に扉は二つ。出口の文字などないから、近場にあったドアノブを回した。

部屋の作りからして、どこかの屋敷に閉じこめられたかと思ったが、予想を遥かに上回った光景が広がっていた。

「歯車……?」

疑問符をつけてしまったのは、それの全容が巨大であったために。

大きな空間に、大きな歯車。小人となり、オルゴールの中にでもいるかのような錯覚。規律正しく回る歯車に呆気に取られてしまうも、自分の目的を忘れてはいない『彼女』に猶予はない。

逃げるしかない。目的地はない、『どこかへ』。『あの男から離れたどこかへ』。

走るだけ走り、ふと、爛れた右頬が外気に触れて痛んだ。

そよ風すらも凶器になることに嫌気さすがーー

「外に……!」

通じる出口があると『彼女』は駆けた。
目論み通り、青空広がる空間を見つけたーーが。

「そん、な」

駆ける足が止まる。出口にしては大きすぎ、石造りの柱が額縁となる青空は、“近すぎた”。歩みきる前から分かっていた、けれども希望を捨てきれずに足を震わせ近づけばーー代わりに絶望を見てしまう。