「殺されるのだよ」
首筋に男の唇が触れる。
「っ……」
「事は一瞬、死は刹那。恐怖も無に帰し、気付けば彼岸。優しくしよう」
殺される現状は変わらない。そうして、『彼女』の心境とて然り。
「――、なんだ。最初から、こうしていれば良かったのですね」
10才のあの日。
美貌の死神となろうあの日に、死ぬのは父ではなく私が良かったのだ。
自殺も出来ない弱い子。大人になったから、少しは強くなれたかな――
天を見る。月明かりは雲が隠した。ぱさりと落ちたフードさえも気に止めない。
唾液でふやけた皮膚に牙が突き立てられる。
吸い付くされる感覚。子を抱くマリア像を見て、赤子の授乳とはこんな感じなのかと苦笑してしまう。
――何を、思っているんだか。
食事を進める吸血鬼の頭に、手を添える。
撫でられたことなどない吸血鬼が目を見開き、『彼女』を見た。
陰る雲が退き、銀明かりを浴びる『彼女』を――


