“あれ”の怒りを買おう物なら、逃げ出すのが定石だが、侵入者は変わらずにグラスを口に運んでいた。
赤い液体。ワインかと思えど、生々しいどす黒さも混じっている。
「皮を脱げば、知性も落ちるか。なれば簡潔に話そう。家畜を食う狼が邪魔なだけなのだよ」
オルガンに立て掛けた杖を取る侵入者に突進する“背骨”であるが、グラスが割れた音がしたのみだった。
我が目を疑ったのは『彼女』とてそう。
「食物は鮮度が大切だ。奥の部屋で血が溜まった受け皿より拝借してみたが。どうかね、味は?」
マリア像の横に立つ侵入者が声を出すまで、そこにいると分からなかった。
移動が、見えない。
「きさ、まぁ……!」
赤い液体を被りし“背骨”。怒りを押し留め、馬鹿の一つ覚えをしなかったのは――これが人間でないのを知ったから。


