「未来の君が死んだとき以来、涙が出てくるようになったんだ、誰かの死を見るときはいつも」

「余計な機能が付いたのね」

「そうだね、余計だよ、こんなのは。でも、涙を失くした未来の君はマッドサイエンティストになった」

「………」


彼も一応は、未来の私に対して、狂っているという感想を抱いているのだろうか。

だとしたら、彼の論理はもう完全に破綻している。


「彼女は、みんなが笑ってる、幸せな世界を望んでたはずだったんだ」

「そんな世界はどこにもないわ。そろそろキリのいいところで研究を終えるべきよ」

「それでも彼女は信じたいんだよ、諦めたくないんだ、だから、いつまで経っても眠らない」

「眠らないなら、眠らせればいいでしょ?」

「俺は彼女の命令に背くことはできない。そういうふうに作られてるから」

「それはただの思い込みかもしれない。少なくとも、あなたが未来の私の死をきっかけに涙を分泌する機能を持ち得たのは事実でしょ?もし、未来の私がそれを意図してあなたを作ったのだとすれば、彼女は期待していたかもしれない。いつか暴走するであろう自分を、自我に目覚めたあなたが止めてくれますようにって」

「生憎だけど、ただの君の妄想だとしか思えないよ」

「そう、洗脳失敗ね。案外うまくいくと思ったんだけど」

「ごめんね」

「謝る必要はないわ。正義のために死ぬのよ、私は。どう?立派でしょ?」

「立派だよ。そんな憎たらしい皮肉を言い残して死ぬなんて、やっぱり君は英雄だ」

「あなたも随分な皮肉屋じゃない」

「君には負けるよ」

「ねぇ、最期にもうひとつだけ教えてくれる?」

「何?」

「あなたは人間が好き?」

「どうしてそんなこと訊くの?」

「色んな世界を見てきたあなたの意見が聞きたいの」

「俺は、人間を到底好きになることはできないけど、でも、羨ましいと思うことはたくさんあったよ」

「そう。私も同じよ。誰かを貶めたい衝動と誰かを守りたい衝動の狭間で、人間は正義に手を伸ばす。そして、人々は幻想を見る。でも、その愚かな幻想を見ることができる人間を私は羨ましいと思う」

「幸せっていうのは、もしかしたらそういうことかもしれないね」

「幸せ、か。結局、もっと単純に生きなきゃダメってことよね」

「でも、彼女は優しいから、単純な生き方なんてできなかったんだ、きっと」


ここまできて、まだ彼は“彼女”を擁護しようとする。


「あなたは、未来の私のことが本当に大好きなのね」

「そういうふうに作られたからね」

「便利な言葉ね、それ」

「便利だよ、とっても。俺にとっては、その一言ですべてに理由が与えられるからね」

「そう。だったら、そんなふうに躊躇う必要はないわ。早くいつものように自分に理由を与えて、引き金を引けばいい」


きっと今、彼は自分の中で唱えた。

そういうふうに作られているから、と。




「さよなら、愛しい人」



彼はようやく、引き金を引いた。