「ところで、これまでの話を整理すると、あなたは何かある目的を果たすために未来から私を殺しに来たってことになるけど、今私を殺したところで、おそらくあなたがいた世界の未来は何も変わらないんじゃない?」


何かの小説で読んだことがある。

もし仮にタイムマシーンか何かで過去に行って、何か行動を起こしたとしても、自分がもといた世界は変わらないって。

タイムパラドックスがどうのこうのという話で、あまり詳しくは理解できなかったけれど、兎に角まぁ、タイムスリップというのはそう単純なことじゃないらしい。



「うん。俺がいた世界とこの世界は違うからね」

「それじゃあ、あなたの目的って何?」


未来を変えることができないのないから、過去へ行くことはほぼ無意味だ。

そんなの、本当にただの旅行にしかならない。



「記録することだよ。君を殺して、未来の君が望んだ世界を記録すること」

「そんな世界を記録して、何になるの?」

「集約するんだよ。あらゆるパラレルワールドの記録を集約して、研究して、そして究極の原理を生み出すんだ。俺の仕事は、英雄が英雄たる前に殺された世界を作り出して、それを観測し、記録すること」

「英雄?」

「君のことだよ」

「私は英雄になるの?」

「うん。君の意思とは全く関係なく、君は英雄になる」


―――私が、英雄?


笑ってしまう。

これだけ精巧なアンドロイドを作って、それを過去に送り込むくらいの科学力を持った未来でさえ、まだ英雄なんてものが存在しているなんて。


設定なのか、真実なのかは置いておくとしても、私の笑いを誘うのには十分な材料だった。



「これ以上ないってくらいに素晴らしい未来だと思うけれど、未来の私は何が気に食わなかったの?」

「誰かを救うってことは、誰かを切り捨てるってことだからだよ」

「それが答え?」

「理解できない?」

「ううん、なんとなくは理解できるけど。でも、誰かを救うためにはそんなに大掛かりなプロジェクトが必要なのかなと思って」

「今の君がどうなのかは知らないけど、未来の君はかなりの完璧主義者なんだ」

「そう。だから究極の原理とか訳分かんないこと言い出してるんだ」

「彼女は世界を愛したいって言ってたよ。そのために研究を続けてるんだ。肉体を失って、もう人の形はしていないけれど、それでも彼女は記録を求めるんだ」


なるほど。

さっき彼は未来の私はもう既に死んだと言ったけれど、それは肉体の死を意味していて、意識的なものはまだ生きているってことらしい。



「滑稽ね」

「そんな言葉で片付けるの?」

「だってそうでしょ?言うなれば、ただのマッドサイエンティストじゃない」


脳みそだけになってもまだ、こんなむちゃくちゃな方法で研究を続けるなんて、狂ってる。

我ながら、と言っていいのか、まさにマッドサイエンティストの称号が相応しいと思った。



「マッドサイエンティストも、見方を変えれば英雄ってことだよ」


彼の手の震えはいつの間にか、止まっていた。



「歪んでる」

「それは君の論理だよ。未来の論理では彼女は英雄だ」

「それじゃあ、あなたの論理では?」

「俺に論理はないよ。俺は何の価値判断能力も持たない。ただ命令されたことを遂行するだけ。そういうふうに作られているから」

「何の価値判断能力もない?だったらどうして、さっきからずっと私を殺すことを躊躇ってるの?」



銃口をこちらに向けたまま、彼は微動だにしない。

動いているのは口だけだ。


腕が痛くなったりしないのだろうかと不思議に思って、ああそういえばアンドロイドだったという結論に至ったとき、私はいつの間にか彼の世界にすっかり惹きこまれてしまっていることを自覚した。