不器用に畳まれたパジャマを、千絵が見ている前でタンスに仕舞う。


こんな日の千絵は彼が帰宅するまでずっと落ち着かない。

そしてやっと彼が帰ってきたとき、玄関まで飛び出して言うのだ。


「パパ、おかえりなさい! 
見て見て。今日ね、千絵がパパのパジャマ畳んだんだよ」


まだネクタイもほどいていない彼の手をひっぱり、タンスの前に連れて行く千絵。

少し強引で可愛いお姫様に、私と彼は笑顔をこぼしながらついていく。


「ほんとだ。上手にたたんでくれてありがとう」


「ねえねえ、早くこのパジャマに着替えて!」


「先にお風呂入ってくるから、その後にな」


そう言って浴室に向かう彼に少し拗ねつつも、千絵の表情は満足気だった。


感謝されるということの喜びを、この子が覚えたのはつい最近だ。

日に日に成長していく姿を、明菜さんもそばで見守りたかったはず。
 
この場所にいるのが私ではなく明菜さんだったとしても、なんら不思議はないのだ。



あの一件から、私の心には確実な変化が起きていた。

これまでの自分が当たり前のように思って歩いてきた道を、振り返ることが多くなった。


幼くして両親をなくし、彼に引き取られ、彼の好みに育てられた私。

彼の愛だけを頼りに生きてきた私。


果たしてそれがひとりの人間として幸せなのだろうか。


そして、もしも彼の愛がなくなれば、私の存在はどこに消えてしまうのか。


“消える”……その言葉は大げさではなく、今にも体を削っていきそうなほど現実的だ。


「紫乃? どうした?」


彼が顔をのぞきこんでくる。


「ううん。何でもない」


「最近よく考え事してるだろ? 何かあったらオレに言ってくれよ」


「ありがとう……」