千絵ちゃんはとうとう声を出して泣き始め、私の服のえりを濡らしてゆく。


「ママっ!」


バタバタともがく四肢が、顔やお腹に当たった。

暴れたせいで千絵ちゃんの額は汗ばみ、前髪がはりついている。

それを優しくかきあげてやるのは、昨日まで明菜さんの役目だったはずだ。




ごめんなさい……。
ごめんなさい、明菜さん。



私は同じ女でありながら、なんて浅はかだったのだろう。


彼女の苦しみを理解したつもりになっていた自分が、心底恥ずかしくて情けない。



もう彼女は、愛しい我が子の涙すら拭いてあげられないのだ。


身を引きちぎられる想いで千絵ちゃんを託してくれた、その心を、私はちっともわかっていなかった。



「光……。私、何があってもこの子を守り抜くわ。実の子と思って大切にする」


「きっと、明菜も喜ぶよ」



私の脳裏には、さっき窓から見下ろした光景がよみがえっていた。


光と明菜さんと千絵ちゃん。

3人で歩く姿は、知らない人が見れば当然のように家族と思っただろう。

それは叶わなかった彼女の願い。
 


明菜さん。

あなたのことを恨めしく思ったこともあった。


だけど今はやっと、少しだけ心が通い合えた気がする。


私たちは、同じ愛の喜びと哀しみを今日まで分け合ってきたのだから。
 


約束します。

千絵ちゃんを幸せにすること。


あなたの一番大切なこの子を、私は愛し貫いてみせます。