思えば私は、こんな場面を今までに何度も想像してきたのだ。


彼の裏切りを聞かされたあの日から、心に棲みついて私をおびやかし続けた女性。

彼の子どもの、母であるという脅威。

私はずっと怖かった。


だけど、どうだろう。


実際にこうして出会い、私の目に映った真実のこの人は――。


「紫乃さんは、私が気にくわないでしょうね。私は光と浮気していたのだから」


涙を拭いてつぶやく明菜さん。

その姿からは、想像でふくらんでいた恐ろしさなど微塵も感じられない。
 


そう……、この人もまた、光を愛した女性なのだ。


私と同じようにただ彼を愛し、心を燃やした女性。
 


私は、彼が神戸に行ってしまったときの寂しさを今もはっきりと覚えている。

心も体も砂になり、遠くへ飛ばされて消えてしまいそうだった。


でも彼はちゃんとここに帰ってきてくれた。

明菜さんをむこうに残して。



あの耐えがたい寂寥感を、この人も味わってきたのだろう。

そんな中で千絵ちゃんを産み、独りで育ててきたのだろう。


なのにその千絵ちゃんまで今、奪われようとしている。



私は彼女に、どうしても伝えたいことを打ち明けた。


「明菜さん。私……子どもができにくい体なんです。ずっと、不妊に悩んでいて」


「え?」


「私、子どもが大好きなんです」


明菜さんは涙の止まった瞳で、私をしっかりと見つめた。 


特別な言葉はなくても、この瞬間のふたりの間には、伝わり合う確かなものがあったと思う。


……明菜さん。


千絵ちゃんを引き取るのは、子どもができない私のワガママでもあるの。

だから、体の弱い自分を責めないでください。

私はあなたの分まで、あの子を必ず幸せにします。