「どうしても行くのなら、私も一緒に」


「それは無理だよ。神戸ではきっと辛い生活になる。
君にまですべてを失わせるわけにはいかないんだ」


「何もかも失ったときにこそ、隣にいるのが妻でしょう?」
 

私は涙に濡れながらも強い瞳で彼を見つめた。


その視線から、彼は逃げなかった。


「そう。君はオレの、たったひとりの妻だ。
だからこそオレが留守の間、この家をしっかり守ってほしいんだよ」
 

そう言うと彼は私の肩を抱き、リビングへ連れて行った。


「ほら……このソファ、家具屋でふたりとも一目ぼれして買っただろ?
カーテンも一緒に選んでオーダーした。絨毯もテーブルも、食器もすべてそうだ。
わかる? 紫乃。この家は、オレたちの大切な場所なんだよ」


「………」



私たちの、大切な場所。



「だからオレが帰ってくるまで、どうか君が守ってほしい」


「光……」
 


涙が止まらない。

できることなら彼を引き止めたい。


だけど、それはもう無理だった。


私は涙を拭いて、精一杯、微笑んで見せた。


私にできるのはもう、そのくらいしかなかったから。



「光。私、待ってるわ――」