光君に会うのが初めてじゃないとは言えなかった。



言ってしまうと、何かが変わってしまう気がした。



あの幼い光君のことを、こんなにも鮮明に記憶している私をきっと不思議に思うことだろう。




私は、この少年の母親になる人間。


母親らしく母親らしくと自分に言い聞かせて、挨拶をした。




光君は恥ずかしいから「光」と呼んでほしいと言った。



「俺は、まだ母さんとは呼べないから、藤乃さんって呼んでいいですか?」



ナイフとフォークの使い方も完璧で、さすが政治家の息子だと感心した。




気分が良かったらしくいつもよりワインを飲みすぎた夫は、ソファで横になった。



お手伝いさんが作った料理は、どこかのフランス料理店に来たのではないかと錯覚してしまうほど美味しかった。




でも、家庭の味ではなかった。



「藤乃さん、俺の為に肉じゃが作ってよ。」




夫が寝息を立てると、光は少し口調を変えた。




さっきまでの光は、「総理大臣の息子、源 光」



今、話しているのは普通の16歳の少年という感じがした。




「毎日こんな美味しい料理食べてるんでしょ?自信ないなぁ…」



私の言葉に、光は甘えるような目で見つめた。



「母親の味に飢えてるんだよ…こう見えて、俺、寂しいの。」



甘えられることに慣れていないせいか、私は光の目を見ることができなかった。