けれど、この頃の私に彼への恋心の自覚はない。


理由はふたつ。


ひとつは、この時の私には付き合ってた男がいたから。

そしてもうひとつの理由は…彼の人柄と柔らかい物腰にあった。


「オーナーってイイ人過ぎて心配になっちゃうのよねー。詐偽とか引っ掛からなきゃいいけど」


副店長の野原さんが口癖のように繰り返すほど、水嶋オーナーの“イイ人ぶり”は【pauze】従業員たちに浸透していた。


徹底して誰にでも優しい彼はお客様にも従業員にも慕われていたけど、正直、私はそこが不満だった。

彼の仕事の手腕は尊敬している。センスも努力する姿勢も。けれど、勝手な事を言わせてもらえば、ちょっと頼りない。

アルバイトの欠勤にわざわざ自分がシフトフォローに入るところも、彼目当ての下心丸出しの女性客にも丁寧な接客を崩さないところも。

そこまでしなくても、と思ってしまう。

“イイ人”を通り越して“断りきれない気弱な人”なんじゃないかとさえ。


元々、女を引っ張っていくような頼もしいタイプが好きな私は、この頃の彼はまだ恋愛対象には見れていなかった。



けど、それが一気にひっくり返ってしまう出来事があったのは、それから1ヶ月後のこと。



「…定期的にやられてますね。やっぱりカメラを増やしましょう」


数値が合わないデータ画面のパソコンを見ながら、彼が苦い顔で言う。


ここ最近、頻出している万引き。

小売店には避けて通れないやっかいな問題だ。放っておいて付け上がらせると店が傾きかけない死活問題でもある。


どうやらこの1、2ヶ月定期的にそれを行っている不届きものがいるようで、事態を重く見た水嶋オーナーは監視カメラの増設置を決めた。