ふたりで同棲を始める前に、紗和己さんは一度うちへ挨拶へ来たことがある。
以前、私の誤解のせいで家族に散々迷惑を掛けた経緯があったので、家族…特に母は最初、紗和己さんに対してあまりいい印象を持っていなかった。
…それに関しては未だに実に心苦しく思う。
けど、いざ会ってみると母の態度は笑ってしまうほど豹変した。
「美織!あなた、あんないい人絶対離しちゃ駄目よ!!」
紗和己さんが帰った後の母の第一声が、それ。
…まあ、それもそうだと思う。
誠実な態度に人当たりのいい物腰、社会的にも経済的にもしっかりしていて、おまけに文句のつけようがない爽やかイケメンだもの。
父もほぼ同じ反応で、会う前に寄せていた眉間のシワは紗和己さんが帰る頃にはすっかり消え、同棲に関しても
「あまりあちらに迷惑を掛けないようにな」
と、私の方が釘を刺される始末。
紗和己さん凄い。凄いけど私、ビミョウに可哀想。
それから、もうひとり紗和己さんの虜になった人が。
「いい人だなあ、水嶋さん。また呼んでよ」
社会人になってから時計やら靴やらの小物に拘るようになった弟、良介(りょうすけ)。
彼の心を掴むのは、世界中を飛び回ってセンスを磨いている雑貨屋オーナーにとって赤子の手を捻るようなものだった。
紗和己さんの腕時計にめざとく目を向けた弟の
「アントワーヌプレジウソですか?拘ってますね」
という一言から、私には分からないマニアックな会話で盛り上がり、紗和己さんが帰る頃には良介はすっかり彼の博識に心酔していたと云う。
こうして、紗和己さんは半年前、みごとに鈴原家の面々の心を掴んだのだった。
おみごと。