あれほど幸せだった肌を重ねる時間が、切なる祈りの時間に変わっていく。


どうか、妊娠して。


頭のなかがそれだけで埋まっていく。



「……美織さん……疲れてますか…?」


そんな私の様子に、当然紗和己さんも違和感を覚える。


「全然、大丈夫だよ」


「…もし、気が乗らないのなら今夜は抱き合って眠るだけにしましょうか」


優しく微笑んで気遣ってくれるその言葉にも、私は焦燥で反発してしまう。


「大丈夫だってば!」


「…美織さん…?」


「……ごめんなさい…本当に平気だから」



大丈夫。きっと大丈夫。

だからお願い。どうか妊娠して。



基礎体温をつけ始めて3ヶ月目。

一向に妊娠の気配がないまま迎えた結婚1年目の夜。お祝いのディナーの席で私は紗和己さんに震える声で伝えた。



「…あのね、紗和己さん。私ね、来週病院へ行ってこようと思うの。
……ふ………不妊…の相談に……」



きっと、紗和己さんも予想もしていなかった言葉だったのだろう。


驚いて目を見開いた彼の顔が、レストランのランプの灯りに揺らめいて見えた。



「あっ、そんな、心配しないで。念のため行くだけだから。ほら、えっと妊活っていうの?今流行りの。妊娠する前にね、色々検査とかしておいた方がいいかなって。だから、ほんと、なんて事ないから」



紗和己さんの顔が見られない。

俯いていく自分の視線と不自然に笑う口元が剥離していく気がする。


俯いていた瞳に映るのは、自分の席の素敵なディナー。


結婚1周年の記念日のために、彼が予約してくれたとっておきのレストラン。



綺麗に飾られた料理も、窓から見える夜景も、さっきもらったプレゼントのブレスレットも。


………滲んで、見える。