「子作り始めて9ヶ月って事?」


「大体それくらいかな」


「美織、生理不定期だっけ?」


「そうでもないけど」


「基礎体温つけてる?」


「えっ?つけてないけど…」


私の答えを聞いて、佐知が少し口をつぐんだ。

なに?どうして?

そのどこか真剣な表情に、妙な不安が沸き上がる。


「美織。余計なお世話だけどさ、基礎体温つけな」


「どうしたの佐知、急に」


張り詰めてしまった空気が苦しくて、へらり不器用な笑顔で返す。


「9ヶ月じゃまだ言い切れないけどさ。その若さで生理も問題ないのに妊娠しないって…ちょっと不安」


「…どういう事?」



「気を悪くしたらゴメン。うちの義姉がね、似たような感じで…不妊なんだ」



体の中の血が、ズクンと音をたてて逆に流れ出した気がした。



「…不妊…?」



意識した事もなかったその言葉が、私の中に浸透していく。


「まだなんとも言えないけどさ、でも、子供が欲しいならちゃんと基礎体温つけた方がいいよ。それで…心配だったら病院も」





―――不妊。

―――病院。



考えたこともなかったキーワードが、私の中に染み付いたのは、この日からだった。





「結構多いのよね。お母さんの職場でもそれで退職した人いるのよ。通院とか大変みたいね。
まあ、心配なら早めに病院に行ってみたら?そうと分かれば早めに治療するに越したこと無いんだから」


電話で相談した母にはそう言われた。


『大丈夫、考え過ぎよ』と笑い飛ばしてくれることを期待した私は、真剣に病院を勧めた母の言葉に体が重くなっていく錯覚がした。



ひとり、紗和己さんが出勤した後の部屋で不妊症についてパソコンで調べる。


まさか、そんな。
だって、まだ9ヶ月。


どこかに自分を安心させる材料を見付けたくて情報の海を漁るも、表示されるのは目を背けたくなる事ばかりで。


どうしよう。
もし、そうだったらどうしよう。

こんなこと、紗和己さんには言えない。

だって。だって。ああ。


『男の子でも女の子でもいい。美織さんと築ける家庭であれば、どんな形でも。僕はそこにいっぱい笑顔を作っていく事が人生の目標なんです』


言えない。

言えない。