溢れ出そうな嫉妬を、それでもなんとか抑え込む事が出来ていたのは、あの女が来たとき以外の日常が変わらずにいたおかげだった。


やっぱり私は彼の片腕で、もっとも近い女で

「オーナー、休憩行ってきます」

「あ、じゃあいつものお願いします」

そんな阿吽な会話が交わせる距離の関係だった。



――あの女は知っているんだろうか。



お店の裏にある自動販売機の前で、彼に頼まれてるいつもの缶コーヒーを買おうとして、ふと思った。


――彼がいつも飲むお気に入りの缶コーヒーの銘柄を。

コーヒーは基本的にブラックで飲む彼が、この缶コーヒーだけは加糖のものを好んで飲んでいる事を。


そんな、日常に潜む彼の小さな趣向を
あの女は知っているんだろうか。


ランチは店に来る途中で買ったカフェのテイクアウトのランチボックスがほとんどで、チキンのメニューが好きなこと。

業者との打ち合わせがある日は暖色系、金融関係の打ち合わせのときは寒色系のネクタイを選ぶこと。

パソコンのエンターキーを薬指で押すクセのあること。

彼の話す独語には少しウィーン訛りがあること。


5年間、ずっと側で見続けてみつけた数えきれない程の彼の“日常”。


あの女はそれを私以上に知っているんだろうか。

そんな事も知らないで、あの女に彼の1番を名乗る権利なんかあるんだろうか――





そんな日常に寄り添って自分を保っていたのに。

店に居るときは私が彼の1番だと思って堪えてきたのに。



繁忙期の12月直前の朝だった。


「あれ?オーナー今朝は早いですね」

「あ、ええ。たまには」


いつもより早い店への出勤。きっちりした性格の彼の珍しい気まぐれ。

前日、新店の施工に関するトラブルでこぼしていたため息は、今日は微塵も出ない。


「昨日、あれから建設の打ち合わせに行ったんですよね。大丈夫でしたか?」

「うーん。着工が遅れるのは避けようが無さそうです。困ったけど、もう、しょうがないですね。腹を括ってこちらもスケジュールを変えていきます」


そう言って微笑んだ彼が、ほんの僅かに違う匂いを纏っていたから。


彼を知り尽くした私は気付いてしまう。


彼が昨夜誰と過ごし、立ち直る元気をもらったのかを。