「山岸先生の歌にアンサーソング、歌わないとね。」
「え?」

 間違った方向へ進もうとしているもう一つの話が唐突に浮上して、杏梨は慌てた。
(アンサーソング?なんで?はぁ?)
 雅人が歌った歌が恋愛ソングだったのがやはりまずかった。男目線からの歌で、愛する彼女との永遠を望む歌だった。これはどう考えてもまずい。当の雅人を見やると、あっさりと男の先生同士の話に戻っている。
(っ…なんで冷静でいられるの?私がおかしいの?わーかーんーなーいー!!!)

「これなら歌えるかなぁ?」
「ちょっ、渥見先生!入れたら私帰りますよ?」
「なんでー?」
「そうだよ、藤峰さん。アンサーソング歌わないとー。」
「私、今年のセクハラアンケート、書きますからね?」

 さすがに杏梨のこの発言に教頭も少しは怯んだようだった。しかし、周りの盛り上がりも異常で、気付けばアンサーソングなるものは杏梨の選択もなく入れられていた。

(…もういい。どうにでもなれ。画面だけ見て歌えばいいんでしょ。)

 アンサーソングなるものも番はあまりにも早く回ってきた。杏梨は無理矢理マイクを握らさた。横目でちらりと見ると、幸運なことに雅人は杏梨の方を見てはいなかった。

(…やだな、ほんと。)

 元々好きではなかった職場の飲み会がますます嫌いになりそうだった。そんなことを露ほども思わない人たちは、杏梨の歌う歌詞の一部に山岸という名前を重ねて大いに盛り上がっていた。
 その日のカラオケはそれだけでは飽き足らず、杏梨と雅人にデュエットを歌わせ、雅人を胴上げしたときには「結婚おめでとー!」という言葉を浴びせるほどだった。

(結婚って誰と誰がよ!もう帰る!)

 胴上げをしている最中、杏梨はこっそりとその場を後にした。もやもやとした心を引きずって、電車に乗る。今日は業務疲れでだるいわけではないということだけがただただ明白だった。