「おーい!二次会に移動するぞ2年生組!」
「あ、はぁい。行こっか、杏梨ちゃん。」
「はいっ。」

 上手いところに入ってくれた!教務主任!と杏梨は心の中で教務主任を拝んだ。渥見は悪い人間ではもちろんないが、微妙にしつこいところもあるのだ。このテの話につかまっては長引く。

 二次会はカラオケだった。杏梨は職場で行くカラオケも苦手だった。
(…どうせ話したい人の集まりなんだから、カラオケで歌ったりしないで、普通に居酒屋でまったりしたほうが楽しいに決まってるのに…。)
 こんなことまで思ってしまう始末である。

 のんびり歩いていた杏梨と渥見は気付けば職場組の最後尾になっていた。少し歩調を早めてパーティルームに入る。意識しているわけではないが、とりあえず念のために雅人の隣には座らず、向かいとも少しずれたところに座った。
(女の先生のそばだし、まぁ…大丈夫かな、多分。)
 しかし杏梨はものの数分後、状況が“大丈夫〟ではなくなることを知る。
 それは雅人にマイクが回り、雅人が1番を歌い終わったところでだった。

「ん?杏梨?」
「へ?」
「山岸さん、そこ杏梨じゃないの?」
「え?」

 変な声が出たのは杏梨も雅人もだった。しかし、雅人はその意図にすぐ気付いたようだった。杏梨はといえば遅れて理解がやってきた。

(歌詞を変えて歌えってこと?へ?なんで!?)

 教頭の発言の意図はこうだ。
『雅人の歌う歌詞の一部を杏梨の名前に変えて歌え。』
 この場面で、空気を読んでしまう雅人がこれに抗うことができないことは明白だった。しかし、
(ちょっと、ほんとに?ほんとにやるの!?無理無理無理!無理なんですけど!)
 分かっていた。雅人が拒否できないことも、自分とくっつけと言われていることも。でも、たとえそうだとしてもこんな職場の面々が集まる中で、ネタとして扱われるのは嫌だと、強い感情が落ちてくる。


(……よく、耐えた、私。)


 直視できない。周りも、もちろん雅人のことも。耳に飛び込んでくるのはひゅーひゅーとはやしたてる下品な音。

(…なんなの、どうして私が…。)