「家まで歩ける?」
「それは大丈夫です。」

 少し呂律も正常になってきた。しかしまだ足はふらつく。酔った足では、バス停から家まで徒歩10分だろう。

「山岸先生、ありがとうございました。ここまでで大丈夫です。向かいにバス停…あるし、遅い時間は本数もあんまりないから…。」
「ここから10分近く歩くってわかっているのに、ここで置いていけないって。そろそろ素直に甘えてよ。本当に俺にとっては全然問題ないから。」
「だって、本当に申し訳…ない、から…。」

 きっと〝彼女〟だという肩書があれば、素直に甘えられた。(と思う)だが、雅人は杏梨にとってただの同僚だ。同期といえど、先輩でもある。雅人が杏梨を年齢を関係なしに同期だと見ていることは疑いようもないが、杏梨の方はそうではない。どうあがいたって雅人の方が年上だし、仕事の任される量も違う。経験年数だって1年しか差が無い、とは思えない。1年の壁は大きい。先輩に送ってもらうというのは気が引ける。それに、家が近いといえど、それは学校からの方面として見ればそうだが、実質は近所というわけでもないのだから、申し訳なさはこの上もない。

「わかった。じゃあ、今度俺が困ったときに藤峰さんに助けてもらうってことでいい?」
「え?」
「されっぱなしが嫌なんでしょ?だからお互い様になれば問題ないじゃん。ね?」
「それで、いいんですか?」
「いつも助けてもらってるから、今までの蓄積で今日の分ってことでもいいくらいだと思うけどさ。」
「た、助けてません!」
「助かってるよ。ほんと。さ、帰ろう。」

 合わせられる歩調と、適度な距離。あまりにも自然に隣にいてくれるからこその安心感が杏梨を包む。

(…距離を置いた方が、誤解されなくて済むってわかってるのに…なぁ…。)

 それなのに、気が付けばこうして隣にいる。言葉を交わしている。その一つ一つを嫌だとは思えない。むしろ心地の良いものだと認識している。

「到着!酔いはさめてきた感じだね。」
「…そうでもない、かもしれません…。頭はちょこっとふわふわします…。」

 頭だけではなく、足だってぐらぐらだ。全身はなんだかだるいし、とにかく眠い。

「そっか。じゃあとにかく早く休むこと。あんまり具合悪いようだったらラインに連絡くれれば来るよ。明日も明後日も出勤しないから。」
「…ありがとうございま…っ…!」

 深く頭を下げようとした、はずだった。そのまま頭が傾いでいく。