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 杏梨は今年、勤務2年目を迎える新人教師である。性格は基本的に真面目で、遅くまで残ることもしばしばある。そして一方、雅人は勤務3年目を迎えるこれまた新人教師である。正規採用前に講師として働いていたこともあって、杏梨より経験年数は実質的に1年上だが、正規採用年数的に考えれば同期になる。雅人も基本的に真面目で、新人二人が遅くまで二人だけで残ることもよくあるのは事実だ。

「藤峰さん。」
「なんですか?」
「次の研修って持ち物なんだっけ?」
「あ、えっと、待ってください。今この前の書類探します。」
「ごめん!そこまでさせる気はなかった!」
「あ、ありました。これです。」
「見せてー!」

 ふとした瞬間に、すっと寄り添って書類を読んでいたりすることは、振り返ってみると実は意外とあったりもする。でも、ここで杏梨が声を大にして言いたいのは、話している内容のことだ。

(仕 事 の 話 だ ろ ー が !)

 確かに、二人きりで遅くまで残ったときには仕事の愚痴を言い合ったり、価値観の話をしたり、恋愛の話をしたことだってある。だが、それがなんだ。そんなの誰だってするだろう。杏梨も雅人も、互いが互いの心地よい距離感で接している。だからこんなことだって言うし、言われるのだ。

「…私の見立てでは、山岸先生は恋愛に向いてないと思います。」
「だって今は俺、仕事が一番大事なんだよね。」
「じゃあ付き合わなければいいじゃないですか。そしたらこんなに早く別れることにはならなかったと思いますけど。」
「言うね~。」
「私が言う性格だってわかってますよね?」
「わかってるけどさ。」

 もちろん、こんな風に杏梨が気兼ねなく色々なことを言えるのは、雅人がかなり大らかな性格であることも一因としてはあるが、雅人が杏梨の仕事ぶりを認めてくれているからというのが最も大きい。杏梨の方はそうでもないが、雅人は杏梨を本当に同期として見ているし、杏梨の吸収力を凄いと言ってくれることもよくある。