いない。

 救急入口には受付があるせいか快の姿はない。瀬奈は踵を返すと病棟入口へと急いだ。

 見えてきた病棟入口に長身のシルエットが確認できる。

「――快」

 瀬奈は抑えた声で快の名を呼ぶと、彼の側に急いだ。

「……ここにはいられない」

 側に来た瀬奈にそう告げ、自動ドアをくぐり、快が歩き出す。瀬奈は迷いながらも黙って後に続いた。

 ――決まりだから仕方ないけど、先生のあの様子じゃ、退院も外泊も無理だろう。でもだからって今、無理やり快を病院に戻すのが、得策だろうか……?

 "素人"の瀬奈には快の行動が本当にいけない事なのか判らなかった。しかし、以前読んだ本に書かれてあった"決して否定しない"という言葉が瀬奈を支配し、結局彼の"無断外出"を許してしまった。



 病院を抜け出して約十二時間後、繁華街のラブホテルに落ち着いた二人は、暗くなった部屋でベッドに横になり、天井を見上げていた。

「どーしたの?」

 疲れると言う理由でテレビも点けず、明かりも消したまま、食事も瀬奈だけが軽くすませ、快は食事も取らず、入浴しただけでひたすら横になった。

『家には帰りたくない』

 病院を出てすぐ、快はそう言い、困惑した様子の瀬奈がその気持ちを尊重する形で、ここへ落ち着いたが、実は快が入浴している間に瀬奈は、病院と紗織に連絡と侘びを入れ、一緒にいる事を伝えていた。もちろん、快はそれに気付かなかったが。

「瀬奈……」

 薄暗い闇の中、突然、快を大きな不安が飲み込んだ。それはまるで大きな闇にすっぽりと全身飲み込まれるような、体が一気に硬直するような不快感を伴う、気持ちの悪い感覚。不安発作だった。

「瀬奈……」

 快は思わず、隣で寝ている瀬奈を抱き締めた。何かにすがりつきたくて、たまらない。

 瀬奈も何かを感じたのか、強く快を抱き締め、優しく背中をさすってきた。

「大丈夫だよ、あたしが側にいるから、大丈夫だよ」

 そう優しく声をかけながら背中をさすり続ける。

「――怖いよ……!」

 快は力一杯瀬奈を抱き締め、彼女の肩に顔をうずめた。

「――怖い……!」

 何がどうだと、はっきり言葉にできない漠然とした大きくて強い不安。まるで真っ暗闇に呑まれたまま、もう二度と光の方へは戻れないという、恐ろしい絶望感まで連れて来る。