「病院は落ち着きませんか?」

「……はい」

「……先生」瀬奈はたまらず口を開いた。

「退院が無理なら、せめて外泊を……今日は丁度週末ですし……」

「決まりがあるんです」

 瀬奈の方を向き、石崎が優しく言った。

「入院した週の週末は、外泊できない決まりになってるんです」

 石崎の言葉に瀬奈は言葉をなくした。理由は判らないが、そういう決まりがある以上、無理は言えない。

「来週末には外泊許可を出しますから、今週末は病院にいてください」

 入院した以上は、規則を守れ……か。

 落胆しながら一瞬、瀬奈が横目で石崎を軽く睨んだ。しかし、病院という大きな組織で、一人を特別扱いする事はできないという事は、理解できた。それを許せば。病院内の秩序は崩壊してしまう。

 沈黙の中、それまで黙っていた快がスッと立ち上がり、談話室を出て行く。

「す、すみません!」

 突然の快の行動に慌てて立ち上がり、瀬奈が後を追おうとすると

「待って」

 石崎が瀬奈を呼び止めた。

「君は……神童さんの……」

「あ、彼女……です」

 少し気後れしながら瀬奈がそう答えると、石崎は納得したようにうなずき、瀬奈をじっと見つめた。

「彼を支えてあげてね」

「……はい」

 会釈をし、石崎をその場に残して瀬奈が談話室を飛び出す。すぐ隣の病室に入ると、快のベッドには仕切りのカーテンがビシッと引かれていた。

 ――快。

 落ち込んでいると推察し、恐る恐る瀬奈はカーテンに手をかけた。息を飲みながらゆっくり開くとそこは、もぬけの殻だった。

 しまった!!

 一瞬にして顔が青ざめる。

 ――まさか!!

 瀬奈は周囲に気を遣いながら、機敏な動きでベッドサイドの棚の戸を開けた。

 ――やっぱり!!

 予想通り、快の鞄がなくなっている。瀬奈は動揺を隠しながら病室を出ると、廊下を進み、階段まで来ると一気に駆け降り始めた。

 自宅からそんなに遠くない病院なので、自宅に向かっているのかもしれないと思いながら一階まで降りる。週末は正面玄関が施錠され、病棟入口と救急入口しか出入り口はない。瀬奈は人気のない暗いロビーを突っ切り、まずは救急入口へと足を進めた。