「退院するよ」

 そう言うと快が鞄を持つ。

「ちょ……ちょっと待って」病室を出ようとする快を瀬奈は慌てて止めた。

「先生と話そう。帰るのはそれから」

 恐る恐る言う瀬奈に、快は答えない。瀬奈は快を連れ、ナースステーションへ向かった。

 目を離してはいけない。その一心で快の側に張り付く。

「すみません――」

 瀬奈は快を注視しながら、出て来た看護師に事情を説明した。

「神童さん」

 瀬奈から話を聞いた看護師が、心配そうな顔で快を見、声をかけてくる。

「外泊希望ですか……?」

「いえ、退院したいんです」

 看護師の問いにはっきりと快が答える。小さな声だったが、その少し力強い調子に、瀬奈は驚いた。

 ――本気なんだ……。

 言葉の強さが快の"決意"の程を表している。瀬奈はゴクリと唾を飲み込んだ。

「ちょっと待って、石崎先生、呼ぶから」

 快の様子から自分の説得では無理だと察したらしく、看護師が内線で石崎を呼び出す。

「先生すぐ来るから、病室で待ってて」受話器を置いて看護師が二人を見る。

「……判りました」

 快は思いの他素直にその言葉に従うと、瀬奈の前を歩き、病室へ向かって行った。

 ――どーなるんだろう。

 部屋に戻り、ベッドに腰掛けた快を見て、瀬奈は自分の心臓の鼓動が早くなっている事に気付いた。

 いい方向になる事を祈りながら腕時計に目を落とす。一分一秒が果てしなく長く感じる。二人でじっとしていると、廊下からパタパタと足音が響いてきた。

「神童さん」

 病室に入るなり、石崎は快に声をかけた。

「少し、話しましょうか」

 そのまま石崎が快と瀬奈を隣の談話室に促す。二人は黙って、談話室に向かった。

「どうしました?」

 談話室のテーブルに向かい合って座り、優しい声で石崎が言うと、快は少しうつむいて口を開いた。

「退院させてください」

「退院ですか?」

 快の言葉に石崎は困惑の表情で腕組みし、座っていた椅子の背にもたれ小さくうなった。

「昨日、入院したばかりですよね」

「……」

 石崎の言葉に快か口をつぐむ。瀬奈はハラハラしながら二人の様子を見守った。