さっきまで軽かった体が、まるで腰に碇を付けたようにズシリと重くなっている。
「大丈夫だから」
そんな快を知ってか知らずか、今度は瀬奈が快の二の腕に触れる。
「お父さん、起きて待ってるから……連絡して」
「判った」
ジャケットを羽織り、車のキーを手に耕助が玄関に向かうと、瀬奈もその後ろに続いた。
「瀬奈ちゃん……」
「大丈夫です」
靴をはく二人に心配そうに紗織が声をかけると、瀬奈はもう一度そう言い、さっきと同じ薄い笑みを浮かべ、紗織と快を見た。
「じゃ、行って来る」
そう言って、耕助がドアを開ける。
「行って来ます」
漆黒の闇の中に、二人の姿が消えてゆく。重く閉じたドアを、紗織と快は黙って見つめた――。
二人が出て行った後、快は自室のベッドに戻って横になったが落ち着かず、当然眠れなかった。
――瀬奈。
瀬奈の姉・結奈の素行の悪さや派手な男性関係等は快もよく知っていて、今まで何の事件にも巻き込まれずにいたのが不思議なくらいだったが、まさか"遺体"になるとは思いもしていなかった。そのためショックは大きく、また、他にも気掛かりな事もあり、とても眠る状況ではなかった。
暗闇の中、何度も寝返りをうってはため息を漏らす。もう一時間以上、快はそれを繰り返していた。
――駄目だ。
眠れないばかりか、返って目が冴えてくる。快は重い体を引きずるようにして起き上がると、紗織がいるリビングへ行った。
「眠れないの……?」
リビングに現れた快を見て紗織がソファから立ち上がる。いつの間にか、異変に気付いた爽もリビングに降りて来ていた。
「何か……飲む?」
疲れた顔で微笑みながら紗織が言ったが、快は黙って首を横に振り、ソファの空いてる場所に腰を下ろし、背もたれにだらしなく背中を預け、目を閉じた。
「大丈夫か……?」
紗織から話を聞いたらしい爽が、動揺を隠せない様子で快に尋ねてくるが、快はそれも無視し、黙ってひたすら目を閉じた後、しばらくして静かに切り出した。
「お母さん、瀬奈に何があったの……?」
快の言葉に紗織がピクリとする。快のその言葉に、爽も母に視線を投げた。
「瀬奈がロシア人ってどーいう事……?」