――母親も父親も判らず……? ロシア人の血……?

「愛美さんの話だとそうみたい。瀬奈ちゃんの母親は当時まだ二十歳で、出産翌日に病院から姿を消してしまって、それきり……」

 ――瀬奈の母親……?

 両親の会話の意味が全く判らず、混乱と共に体が硬直する。二人共、一体何を話してんだ? 瀬奈の母親なら、あの愛美さんだろ?

 盗み聞きという状況も手伝い、心拍数の上昇と共に体が熱くなってくる。と、そこへ突然電話が鳴り、三人はそれぞれ、ピクリと身体を震わせた。

「もしもし、神童でございます」

 慌てて紗織が受話器を取る。と、次の瞬間、紗織の声色が強張ったように微妙に変化した。

「警察……?」

 紗織がうろたえた様子で言葉を継ぐ。「あの……本当に……?」

 声を震わせながら紗織が呟いている。すると耕助が受話器を奪ったようだった。

「もしもし!」

 リビング内の空気の流れが変わる。それを敏感に察して、快は更に動けなくなった。

「はい――。そうです。彼女は今はうちで引き取ってます」

 耕助の言葉が淡々と響く。

「はい、今すぐ伺います」

 そう言った耕助が静かに受話器を置いたようだった。「お父さん」と、すぐに紗織の心配そうな声がする。耕助はその場で数度、深呼吸したようで、長く深い息の音が、快の耳にも届いた。

「瀬奈ちゃんを起こしてきてくれ……」

 ゆっくりと、耕助が言った。

「結奈ちゃんが……亡くなったそうだ。愛美さんも今、ご主人と警察へ向かってるらしい。俺もこれから、瀬奈ちゃんと向かう」

「お父さん……」

「爽や快にはまだ知らせるな」

「……はい」

 紗織の足音が近づき、快は焦った。しかし動けぬまま。瀬奈の部屋へ向かおうとリビングのドアを開けた紗織と目が合った。

「――快!」

 紗織の言葉に耕助も近付いて来る。三人の視線が絡み合った。

「快、いつから……」

 耕助の瞳にみるみるうちに困惑の色が浮かんだ。快は黙って両親を見、小さく呟いた。

「瀬奈に何かあったの……? 警察って……? 結奈さんが亡くなったって……何……?」

「快……」

 紗織の眉が下がる。耕助が困惑の表情で、立ち尽くす快に近付いた。

「……さっき、隣り街の廃墟で結奈ちゃんの遺体が発見されたそうだ。今、身元確認のために愛美さんが警察に向かってるから、瀬奈ちゃんにも来てほしいって……」