正直、今まで、紗織は瀬奈に対する愛美の態度を良く思っていなかった。しかし、真実を知った今、紗織にかつてのような感情はなかった。



「入院って……いつから?」

 カフェを出、近くの公園を散歩しながら瀬奈が尋ねる。

「まだ判んない。先生にもまだ、話してないし……」

 暖かな陽射しに誘われてか、公園にも人が多く、ジョギングする人、フリスビーで遊ぶ人等、それぞれがそれぞれの時間を楽しんでいる。芝生と緑の木々が豊かな広い公園を、二人はゆっくり歩いた。

「来週、先生に話してみるつもり。"入院したい"って」

「そう」

 瀬奈が神童家に戻ってすぐ、快は"通院が辛い"という理由で、最初に受診した総合病院の精神科に変わった。そこはかつて快の症状を"何でもない"と片付けた石崎医師がいる病院だったが、自宅からの近さと、飯島医師との間に信頼関係を築けなかった為、ある種妥協をしての転院だった。

「今日は調子いい方だけど、最近、テレビの音聞くだけでも神経が疲れるから、入院した方が落ち着くかなって」

「そうか」

 快の言葉を噛み締めながら、瀬奈はうなずいた。

 少し寂しいけど、それで快が落ち着くのなら……。

「もし本当に入院になったら、毎日顔出すよ」

「うん」

 瀬奈の言葉に快もうなずく。

「久し振りだな、こうやっと外出るの」

 景色をゆっくり眺めながら呟く快に瀬奈も黙ってうなずいた。本当に今日は、穏やかな風が二人を包んでいた。



 その夜、浅い眠りからふと目を覚ました快が、トイレに向かうため部屋を出ると、珍しく、リビングに明かりが灯っていた。耕助と紗織の寝室は二階で、そこにテレビもあるので何となく気になり、入口のドアに近付くと、耕助と紗織の声が漏れ聞こえてきた。

「まさかそんな……!」

 驚いた様子の耕助の声にザワザワと心が波打つ。快はゆっくりノブに手をかけ、微かにドアを開き、耳をすませた。

「じゃあ瀬奈ちゃんは、母親も父親も判らず、自分がロシア人の血を引いてるって事すら知らずに……?」

 ――えっ……?

 耕助の言葉に、快の瞳孔がカッと開く。