元気よくそう言う菖蒲の言葉に瀬奈がようやく顔を上げる。太陽が西に傾き始めた店内。菖蒲はとびっきりの笑顔で瀬奈を見ていた。
暗い部屋でベッドに座り、だらしなく壁にもたれた快が、ぼんやり天井を見上げていた。
夕食も終わり、それまで食器の触れ合う音等で騒がしかったリビングからの音もなくなり、辺りはシンと静まり返っている。
月も出ていないので、カーテンの引かれた部屋は漆黒の闇に包まれ、僅かな光もない。まるで息が詰まりそうなそんな重い闇の中に、快はいた。
突然、瞳をゆらりと動かし、何かを思い出したように快が立ち上がった。
『……判った』
あの日、瀬奈はそう言って改めてドアノブに手をかけた。
『ごめんね』
背を向けたままそう言い、部屋を出て行った瀬奈。それきり、快の携帯電話に瀬奈からの着信もメールもない。こんな事は初めてだった。
「瀬……奈」
快の唇から、かすれた声が漏れた。あの日から一週間。もちろん、顔も見ていない。
――何で……いないんだよ……。
小さい頃からいつも側にいた瀬奈がいない。今まで側にいて当たり前だった瀬奈がいない。
――何で、連絡してこないんだよ。
今の快に、"自分が瀬奈を振り回している"という認識は全くない。快はゆっくり立ち上がると、ふらつく足取りでジャケットを取り、部屋を出た。
「イェーイっ!!」
その頃瀬奈は、菖蒲の自宅近くのカラオケボックスで、マラカス片手にカラオケを楽しんでいた。
クルクル回るミラーボールの中、菖蒲が人気女性歌手になりきって振り付きで歌っている。瀬奈はそんな菖蒲の姿に満面の笑みをこぼしながら、マラカスをシャンシャン鳴らし、その場を盛り上げた。
「次は瀬奈だよ~!」
歌い終わった菖蒲が瀬奈を呼ぶ。瀬奈はソファから立ち上がるとマイクを取り、お気に入りのアーティストの曲を熱唱し始めた。
「何で……?」
冷たい夜風が住宅地をジグザグに駆け抜ける。
いない……。