家族や瀬奈への情愛がどす黒い感情に押しつぶされ、消えてゆく。もうこれ以上は何も考えられない。快は頭から布団を被り、体を震わせた。



「ありがとう、爽ちゃん」

 送ってくれた爽に瀬奈が頭を深く下げる。雨が上がったので、爽は傘を閉じ、羽織っていたジャケットのポケットに片手を突っ込み、切ない表情で瀬奈を見つめていた。

「本当に、快でいいの?」

 通学鞄の中に手を突っ込み、鍵を探している瀬奈に、突然、爽が言った。

「俺がこんな事言うの変だけど、快じゃなくても他にもっといい奴……」

「……」

「病気だから仕方ないんだろうけど、あいつ、目茶苦茶じゃん」

「爽ちゃん」

 瀬奈は通学鞄から鍵を出すとそれを握り締め、唇を噛んだ。

「確かに……辛い時あるし、別れちゃえば後々、楽なんだろうと思う。けど、別れた痛みの方がきっと、今より辛いと思うから……」

「全く……」

 瀬奈の言葉に爽は、呆れたように笑った。

「瀬奈ちゃんは本当に、快が好きなんだな」

「……うん、よく言われる」

 瀬奈が照れ笑いすると、爽は瀬奈に背を向けた。

「俺、帰るわ。戸締まりしっかりな」

「うん、ありがとう」

 爽が足早に元来た道を引き返して行く。瀬奈は鍵を開けると家の中に入り、しっかりと施錠した後、廊下の電気を点けた。

「……」

 リビングのドアを開け、明かりを点けてソファに通学鞄とボストンバッグを放り、自分自身もそこへ放り出す。

「……ふ」

 一人きりになって、張り詰めていた気持ちが一気に解ける。ソファに倒れ込んだまま、瀬奈は小刻みに肩を揺らし、微かに嗚咽を漏らした。

『悪いけど……この家から出てってくんない?』

 快の言葉をまた思い出す。あの瞬間からもう何度も、思い出している言葉。

 ――辛くないって言ったら……嘘だよ。腹が立つ時もあるよ。でも、それ以上に心配なんだ……。

 放り投げられた通学鞄からのぞく白い本。それは、あの本だった。瀬奈が最近、熟読しているあの本。表紙には太く大きな字で"うつ病"と書かれている。

 うつ病の治療の一つは"ストレスの軽減"。快が自分の存在をストレスと感じるなら、瀬奈は消えるしかない。