「……」
「わたしには、瀬奈ちゃんが言ってたようにナイフや刃物を隠す事くらいしかできない。駄目なのよ、ついね……」
ハンバーグから透明な肉汁が出てくる。紗織は少し慌てた手つきでひっくり返すとガラス蓋をした。
「あまりせっついてもいけないだろうし、だからといって放っておく訳にもいかない。難しいわね」
「はい……」
瀬奈が付け合わせのポテトと人参のグラッセの調理し終える。
「ありがとう。快に声かけてきてくれる?」
「はい」
エプロンを外してうなずき、瀬奈はそのままキッチンを出、快の部屋のドアを優しくノックした。
「快、いい?」
いつもの事だが返事はない。瀬奈はノブに手をかけ、そっと開いた。
「快、夕飯できたよ」
ベッドに横になっていた快が、返事の代わりに寝返りをうち、瀬奈に背を向ける。瀬奈は何の音もしない静か過ぎる部屋に息を呑みながら、そっとベッドに近付いた。
「もし、今食べたくないなら……取っておくから」
瀬奈の声かけにも全く反応せず、布団を被ったまま快は動かない。ここ一週間、快はずっとこんな調子で、音や家族、瀬奈を遠ざけていた。
「ごめん……。一人にして」
「うん……」
快の言葉にうなずき、瀬奈がそっと部屋を出ようとする。と、瀬奈がノブに手をかけた時、快が突然、口を開いた。
「悪いけど……この家から出てってくんない?」
快の言葉に瀬奈の全身が瞬時に凍り付く。
「ここ……俺ん家なんだからさ……。結婚した訳でもないのに瀬奈がいるの、おかしいだろ」
「……」
指先から体温が抜けてゆくのが判る。
――出て行け――。
どんなに自分勝手で理不尽な事でも、瀬奈は決して彼の言葉を否定しないと決めている。しかし、快からのこの驚愕の言葉に、瀬奈は声が出ず、瞳を大きく見開き、立ち尽くした。