「改まって何だよ」

 シーツやかけられたばかりの黒いベッドに腰掛け、快は早速横になった。瀬奈は箪笥に服を入れながら、横目でチラッとそんな快を見た。

「ん……」

 室内に流れている軽快な音楽が耳に障る。低く唸いて壁際に寝返りをうつと、瀬奈が慌てた様子で音楽プレーヤーのボリュームを下げた。

「ごめん」

「ん……」

 うつ病と診断されて以来、瀬奈は快の一挙手一投足にも気を配る様になったと、快は時々感じていた。それが、そこから発せられる"サイン"を瀬奈が見逃さまいとしているからだとまでは、思い至ってはいなかったが。

「片付け……かかりそう?」

 静かになった部屋で快が訊く。

「うん。ちょっとかかるかな」

 同じ六畳の部屋だが、窓の位置などで家具の配置等が変わった為、瀬奈も考えながら荷物を解いている。眉間に少ししわを寄せて告げた瀬奈に、快は黙って立ち上がった。

「部屋、戻る」

「うん。一段落したら行くよ」

 短い会話の後、快はゆっくり部屋を出、自分の部屋に戻った。

 ――落ち着く。

 ベッドに横になった快は、背を丸めて長く息を吐き出しながら、そう思った。

 テレビもステレオも電源が落とされ、音らしい音が何もしない静かな部屋。以前はよくテレビを見たり、FMを聞いたりしていたが、最近は全く見る事も聞く事もなくなり、静かな部屋で一人じっと過ごす事が増えた。

 音が辛い。特にテレビの音は耳にしてると気分が悪くなる。

 なぜそうなのか、自分でもよく判らない。しかし、それが今の快の現実だった。

 ――一人でこーしてるのが一番落ち着く。何も考えられないし、考えたくない。

 食欲は少し戻ってきたが、点滴とはなかなか縁が切れず、通院日以外でも病院に通っているし、体重も減り続け、持っている服が全てブカブカになり、特にデニムはベルトの穴を一番奥にしてもまだゆるく、穴を増やした。長年部活で鍛えあげた筋肉もすっかり落ち、ヒョロヒョロと、まるでモヤシのような体型になってしまった。

 ――俺、このまま痩せて死んじゃうかも……。

 すっかり細くなった手首を見つめながら、快はゆっくり目を閉じ、開いた。

 ――まさか俺が、こんな病気になるなんて……。

 掛け布団を引っ張って体にかける。廊下から微かに響いてくる物音を聞きながら目を閉じていると、小さく様子を窺うようにドアがノックされ、瀬奈がそっと顔を覗かせた。

「いい?」

「……ああ」

 布団を被ったまま快が返事すると、瀬奈はそっと中に入りドアを閉め、ベッドに近付いてきた。