背中に回した腕をゆっくり腰へと移動させ、不自然にならないよう気を配りながら、その腕を背中に戻す。背中同様、鍛えられて引き締まっていた筋肉がなくなり、少しだが細くなっている事に、瀬奈は気付いていた。

 ――快、痩せた……。

 それは、恋人である瀬奈だからこそ判る、快の明らかな変化だった。そしてそれは、快の中で何かが起きているのだと、否応なしに彼女に認めさせ、更なる不安を与えるに十分な要素だった。

「快……」

 瀬奈を抱き締めたまま快は動かない。

「快」

 瀬奈はゆっくり体を起こすと、じっと快を見た。「ちゃんと……食べてる?」

 快が最近、紗織の作る弁当に手をつけてない事はもちろん知っている。彼女は生まれたての不安を素直に口にした。「もしかして、弁当だけじゃなく……朝や夜も……」

「うん……。食欲なくて」

 瀬奈の質問に快が弱々しくそう答える。瀬奈は闇に助けを借り、落胆の眼差しを快に向けた。

「病院。行った方がいいよ」

 ――快、どこかおかしい。

「ね、内科、行きなよ」

「……うん」

 瀬奈に言われ、快がうなずく。瀬奈は彼を抱き締めると、唇を噛んだ。



 翌日、快は一人で近所の内科医院へ行った。

 ――癌だったらどーしよう。

 瀬奈が気付いた快の"激ヤセ"兆候。もちろん、快自身もそれには気付いていた。制服のズボンが少し緩くなったのだ。数字として確認したがったが、風呂場にある体重計が何だか怖くて、乗れずにいた。

「どうしました?」

 受付を済ませ、少し待った後で看護婦に呼ばれ、診察室に入る。顔なじみの医師に食欲がない事や、ずっと気分が悪い事を告げると、医師は少し診察しただけで、こう言った。。

「風邪かな? お薬出しておきましょう」

 それきり、後は何もなかった。快の話を聞いた医師は、快の体調不良を"風邪"か何かと判断したらしく、薬を処方して終わった。

「……ありがとうございました」

 病院を後にし、近くの薬局で薬を受け取り、じっと眺める。

 ――これで大丈夫……なんだよな?