"善悪の分別"がつかなくなったのか、そんな思いが頭に浮かび、魅力的な笑みを見せる。と、その時突然、携帯電話が鳴った。

「……!」

 大好きなアーティストの曲が軽快に室内に響く。画面に表示されているのは瀬奈の名前。しかし、快はそれを取ろうとはせず、口を結んだまま無視した。



「……出ない」

 昼休憩の図書室で、瀬奈は携帯電話を切りながら、そう言って顔を上げた。

 ――どーして?

 さっきから何度も快に電話しているが、一般電話も携帯電話も全くつながらない。

「快、出ないのか?」

 側にいた隼人と菖蒲が心配そうに瀬奈の顔を覗き込んでくる。三人は図書室で"うつ病"と"不安神経症"について調べていいる最中で、隼人がネットで〔うつ病患者さんを一人にしてはいけない〕という文章を見つけた事から、瀬奈が慌てて電話したところだった。

「瀬奈」

 再度電話をかけ始めた瀬奈を、菖蒲が心配そうに見つめる。隼人も固唾を飲んで瀬奈を見つめていた。

「駄目、やっぱり出ない」

 しばらくして携帯電話を閉じ、瀬奈が二人を見る。「どーしよう、快、今、家に一人なんだ」

 携帯電話を持ったまま瀬奈が動揺し始める。すると、そんな瀬奈の腕を隼人が掴んだ。「城ヶ崎、帰れ」

「えっ?」

 突然の言葉に瀬奈が目を丸くする。隼人が構わず続けた。 

「俺も心配だけど、三人で帰ったら怪しまれるし、あいつに一番必要なのは城ヶ崎だから」

「山科くん」

「大丈夫、望月とうまくごまかしとくからさ、すぐ帰れ」

「そーだよ、任せなって」

「あ……ありがとう」

 言いながら、隼人と菖蒲が瀬奈の背中をポンと叩く。瀬奈は二人に礼を言い、後を任せると教室へとダッシュした。



 さっきから幾度となく鳴っては止む携帯電話を見つめながら、快はぼんやりと定まらない視線で上を向いていた。

 ――俺は、駄目人間。

 携帯電話から繰り返し流れるメロディが耳につき始め、軽く頭痛を感じ始める。快は手を伸ばして携帯電話を掴むと電源を切り、立ち上がった。



「おかけになった電話は、電波の届かないところか、または――」