「最初は英明(ひであき)さんがそっちに引っ越す話になってたけど、お母さんが英明さん家に行く方が自然でしょ?」

「ああ、うん」

 愛美の言い分に納得しながら、瀬奈は少し安心した。

「なら、あたしはここにいていーのね」

「そーよ、あ、でも結奈にはしばらく黙っときなさい。じゃないとあの子、自分のいらなくなった荷物、どんどん持ってくるから」

「はいはい」

「じゃ~ね、今夜も帰らないから」

 そう言って電話が切られる。瀬奈はソファにふん反り返り、天井を仰いだ。

 常に家族が一緒にいて、静かだが団欒がある神童家とは対照的に、今や常に家族がバラバラな方向を向いてしまっている城ヶ崎家。しかし、物心ついた時からそんな環境で育ってきている瀬奈には、その方が自然で落ち着ける。

 ――シャワーでも浴びるかな。

 リボンタイを外してソファに放る。鞄や携帯電話もそのままに、瀬奈はバスルームに入ると制服を脱ぎ捨て、温めのシャワーを頭から思い切り浴びる。この瞬間が瀬奈はたまらなく好きだった。

 ――うつ病……。

 ふと、快の事を思い出す。今、どうしているのか心配になった。

 シャワーを終えたら電話しようと決め、シャンプーを手に取り髪を洗う。そのまま、まるで流れるような作業で全身も洗い終えると、瀬奈はシャワーを止め、バスタオルを取った。

 ドライヤーで髪を乾かし、脱ぎ捨てた制服を手にリビングに戻り、鞄と携帯電話をかき集めて胸に抱える。いつもはきちんとパジャマを用意してからシャワーを浴びるのだが、今日はそれをせずに浴びてしまったので、瀬奈は仕方なく、裸で荷物を抱え、階段を駆け上がった。

 自分の部屋に入りながら、一人でよかったとつくづく思い、少しおかしくなる。こんな姿はさすがに快にも見せられない。瀬奈は抱えていた荷物をベッドに放り、箪笥からパジャマと下着を出して身に着けた。

 身なりを整えた後でベッドに放っていた携帯電話を見ると、さっきは気付かなかったが、着信を知らせるランプが点滅している。慌てて携帯電話を取ろうと手を伸ばした時、不意に玄関のチャイムが鳴った。

「あ……」

 一瞬、動きが止まる。しかしすぐに気を取り直し玄関へと急いだ。たまに夜、近所の人が回覧板を持ってくるの事があるのだ。

「はい」

 ドアホンの受話器を取り、よそ行き声で言うと、受話器の向こうから快の声がした。

「俺だけど」

「あ、待って」