そこまで言って、瀬奈は後の言葉を飲み込んだ。「……おやすみ」
"おじさんの言葉、気にしないで"――。
本当はそう言って慰めたかったが、何だか何を言っても気休めにしかならないように思え、言葉をすり替えた。
「……おやすみ」
依然、快は動かない。瀬奈は静かにドアを閉めると、神童家を後にした。
――"怠け病"。
瀬奈が帰った後も、快はずっと同じ姿勢でいた。
『うつ病? 何だ、"怠け病"か!』
『そんな病気、気合いで何とかしろ!』
――俺は……怠けてるだけなのか……?
あの場では何も言わなかったが、耕助の言葉は、快をひどく傷つけていた。
『そんな病気、気合いで何とかしろ!』
気合いで何とかできるものなら、もうとっくにやっている。一瞬そう思ったが、体調を崩してからの自分を振り返ると、耕助の言葉が間違いじゃないような気もした。
確かに自分は学校にも行かず、ご飯も食べないでただ寝ている。勉強もしないでただ寝ている。ああ言われても仕方ないかもしれない。しかし、あの言葉を聞いてから体は鉛のように重くなったのも事実だった。
“怠け病”。耕助の言葉が頭から離れない。
――俺は……駄目人間だ。
快は寝返りをうつと、掛け布団を被った。
「ああ、瀬奈」
瀬奈が玄関のドアを開けると、珍しく姉の結奈(ゆな)がいた。
「荷物取りにきたのよ」
「そう」
愛美同様、結奈の生活にも全く興味のない瀬奈が気のない返事をする。すると、結奈がふふんと鼻で笑った。「相変わらずね」
瀬奈が家族に興味を持っていない事を結奈は承知のようで、玄関のシューズボックスから次々靴を出して鞄に詰めながら、あっけらかんと続けた。「そーだ。あんた、荷造りは進んでんの?」
「へっ?」
結奈の言葉に瀬奈が訝しげに眉をひそめる。「荷造り?」
「そーよ」
結奈は今度は段ボール箱を玄関に起きながら、チラと妹を見た。「お母さん、おじさんと再婚すんだって。知らないの?」