病気の事を知っているのか知らないのか、依然続く耕助の言葉。ついこの間まで、真剣に息子の体調を心配していた耕助だったが、病名を聞いた途端、態度が一変していた。

「お父さん、飲み過ぎよ」

 紗織が慌てて耕助を窘める。しかしそれ以上誰も、口を利かなかった。



「瀬奈ちゃん」

 数十分後、爽と快は自室に入り、耕助はリビングのソファで寝てしまい、テレビから流れるバラエティ番組の音が虚しく響くキッチンで、沙織と瀬奈が夕食の後片付けをしていた。。

「……ごめんなさいね」

 紗織の言葉に瀬奈は黙ってうなずいた。

「お父さんの言った事、気にしないで……。酔ってるから」

「……はい」

 紗織が軽く水洗いした食器を食洗機にセットする。瀬奈は布巾でテーブルを拭きながら、紗織に気付かれないように、一人、嘆息した。

『うつ病? 何だ、"怠け病"か!』

『そんな病気、気合いで何とかしろ!』

 ――"怠け病"。

「ありがとう」

 テーブルを拭き終えた瀬奈に紗織が礼を言う。リビングのソファでいびきをかいて寝ている耕助を恨めしげに見た後で、瀬奈はまた一つ、溜め息をついた。

 確かに快は学校にも行けず寝てばかりいる。しかし、怠けているようには決して見えなかった。耕助もそれは判っていたはずだ。

 言いたい事がムクムクと胸に溢れ、まるで消化不良を起こした時のように悶々と胃のあたりで停滞している。"うつ病”と名前がつくまでは、紗織と共に快を心配していたはずの耕助。だが相手は快の父親。この胸のわだかまりを言えるはずもなかった。

「あの、ごちそうさまでした」

 限界だ。瀬奈はそう言うと、紗織に丁寧に頭を下げ、鞄を取った。一刻も早く、この場から離れなくては。

 早々に夕食を切り上げた快は、自室にこもってしまった。瀬奈はリビングを出ると恐る恐る、快の部屋のドアをノックした。帰宅する事を、一言、伝えておきたかった。

「あたし、いい?」

「ああ」

 ドア越しに快の声が聞こえてくる。瀬奈はノブを下ろすと中に入った。

「あの、そろそろ……帰るね」

「……ああ」

 外はもう暗い。瀬奈の言葉に快は返事しただけで、ベッドに横になったまま瞳すら動かさない。

「快、あの……」