"おじさん"――。瀬奈は愛美の彼氏をそう呼んでいる。瀬奈が家に一人きりなのは珍しくないが、今日、それを知った快の気持ちは、いつもとは違っていた。

「泊まっても……いい?」

 ラップのかかった食事を見ながら快は呟いた。

「え……?」

 快のその言葉に、瀬奈の瞳が正直な反応を見せる。すると、それを見た快の表情が曇った。

「……駄目なの?」

「う、ううん!」

 快の言葉に瀬奈が大きくかぶりを振った。「ごめん。だって快、あたしの部屋、嫌いでしょ? 色気ないから……」

「な……」

 瀬奈の言葉に快は胸を撫で下ろした。彼女の瞳の反応が、自分の部屋の事を気にしてだと知り、快はひどく安心した。

「そりゃまあ確かに、もう少しかわいい方がいーけど……」

 言いながら快が下を向くと、“やっぱり”という顔で瀬奈は苦笑いした。

「電話するから」

 冷蔵庫を開けて食事の確認を始めた瀬奈の様子を見て、快は携帯電話を取り出した。空いている手をデニムのポケットに突っ込みながら自宅に電話する。するとすぐに紗織が出た。

「あ……俺、今日、隼人んとこ泊まるから。……うん、休んでた分のノート、たくさんで……」

 快が瀬奈の家に泊まる時には必ず隼人がアリバイに使われる。もちろん、隼人もそれをよく知っていて、いつも快くアリバイに協力していた。

「もしもし隼人? 俺、快。久し振りなのに悪い。いつものアリバイ頼めるか?」

 チルド室の中から焼肉用の牛肉を見つけた瀬奈が、調理を始める。包丁で野菜を刻む心地いい音を聞きながら、快はじっとその背中を見つめていた。



 ――あたし、何を不安がってたんだろう。

 瀬奈は溜め息を一つ、ついた。授業はもう始まっている。あの日から彼女は、自分を責め続けていた。

 会えなかった二週間で、快はひどく痩せてしまっていた。あんなに痩せて辛いはずなのに、自分は、自分に対する快の気持ちを疑った。快を心配と言いながら、結局、自分の事ばかり……。恋人のくせに、サイテーだ。

 あの日、身体で感じ取った快の体重。その重さは明らかに以前より軽くなっていた。

 ――絶対、何かある。”何でもない”訳ない。

 菖蒲や隼人、他の者も皆、黒板の文字を一心に見つめ、忙しくノートをとっている。その様子に瀬奈も感傷を中断し、慌ててノートを広げた