「瀬奈ちゃん」
突然、背後から名前を呼ばれ瀬奈は驚いた。訝しげに振り返ると、爽が立っていた。
「どっか出かけんの?」
どこかからの帰りなのか、買い物袋を持った爽が、名前の通り爽やかな笑顔で瀬奈を見つめている。
「爽ちゃん……」
瀬奈は快の事が気になり、思わず駆け寄った。「あの……快は?」
「家で寝てる……」
バス停に設置されているベンチに腰掛けて爽が呟く。瀬奈はじっと彼を見た。爽が続ける。「瀬奈ちゃんが最近家に来ないって、お母さんが心配してた……」
「……」
「快と何かあった?」
そう言って、爽が優しい眼差しを瀬奈に向ける。見つめられた瀬奈は唇を噛んでうつむき、スニーカーに視線を落とした。
「一人になりたいからって言われて……。最近、いつもそう言われて会ってくれない……。学校もすぐ早退しちゃうし、たまに誘いをOKしてくれても、朝や夜中にキャンセルの電話きたりして……」
「そうか……」
瀬奈の言葉に爽は彼女から視線を外し、うつむいた。「明日、お母さんが学校に呼ばれてるらしい。やっぱあいつ、おかしいよな」
「……うん」
爽の言葉に瀬奈はゆっくり返事をした。
「医者に"何でもない"って言われたのが相当ショックだったのかな、あれからガクンと調子悪くなって……ずっと部屋にこもってんだ」
「え……」
「この二週間、俺らも殆ど顔見てないよ。あいつが部屋から出てくるのは風呂とトイレと、内科に点滴行く時くらいだ」
「点滴……?」
爽の言葉に思わず瀬奈は訊き返した「快、点滴してるの?」
「ああ、ずっと飯食わないからさ、点滴行ってる」
道の向こうからバスが近付いて来る。それを見た爽は立ち上がり、瀬奈に視線を向けた。
「辛いだろうけど、快を見捨てないでやってくれよな。俺も病院とか調べてみるから……」
「爽ちゃん……」
爽の言葉に瀬奈はそれ以上、言葉が出なかった。瀬奈の瞳に映る爽の表情はとても寂しそうだった。
「あいつあんなだから、愛情表現も感情表現も少なくて、不安かもしれないけど、瀬奈ちゃんの事、頼りにしてるから……」
バス停にバスが到着する。瀬奈は爽に見送られながらバスに乗り込んだ。やがて乗車口のドアが閉まり、バスがゆっくりバス停を離れてゆく。自分を見送る爽の姿が小さくなってゆくのを瀬奈はじっと見つめ、やがて彼の姿が見えなくなると椅子に座り直し、溜め息をついた。