「まぁ」

 驚きと心配、そして内心、嬉しさを感じながら、瀬奈が鞄から鍵を取り出す。

「相変わらず散らかってるけど……入って」急いで鍵を開け、快を家の中に入れる。

「今、何か入れるから、先に部屋、行ってて」

 言いながら、瀬奈は慌てた様子でダイニングテーブルの上に散乱する煙草の吸い殻や、スーパーの惣菜の空、カップ麺の空などを側のごみ箱に突っ込んだ。どの部屋も綺麗に整理されている快の家とは違い、城ヶ崎家は薄暗く、物を捨てられない母親や姉の荷物が雑然と置かれ、何だか汚らしい。瀬奈はそんな自分の家がとても嫌いで、できれば誰もここには入れたくなく、特に恋人である快には一番見られたくなかった。が、当の快は既に見慣れている風で、二階の一番奥にある瀬奈の部屋へ、慣れた足取りで階段を上がりって行ってしまった。

 快が階段を上がる音を背中に聞きながら、一通りごみを片付けた後で、瀬奈はお茶の準備を始めた。瀬奈の部屋はグレーのカーペットが敷かれた六畳の洋間で、窓には白いレースのカーテンに、まるで宇宙を思わせるようなブルー地に星がたくさん散りばめられた厚手の遮光カーテン。黒いシーツが敷かれたベッドに黒い枕。年中テーブルや机代わりに使われている黒の火燵に黒の座椅子。そして、キッチンの冷蔵庫に収まり切らない物を詰め込むために買われ、他に置き場所がなくここへやって来るしかなかった小さな黒い冷蔵庫。後は黒のテレビに黒のDVDレコーダーで形成されており、どう見ても女子高生の部屋とは思えない部屋だったが、この部屋を見られる事については、家内を見られるほどの恥ずかしさは感じていなかった。

 自室は、瀬奈にとって“城”であり、例え快であろうと、他者の意見を受け入れて改善する気はなかった。ブルーや黒が好きな瀬奈が、バイト代やお年玉等を貯金して買い揃えた家具や家電たち。が、快がこの部屋をどう思っているのかは、ちゃんと知っていた。なぜなら、家具やシーツを購入する度、快や母親たちに怪訝な顔をされていたからである。なので、最近は恋人の快ですら、あまりこの部屋に呼ばないようにしていた。この部屋はまさに彼女の自己満足が集結した、彼女だけの理想の空間だった。

「お待たせ」

 瀬奈が二人分のアイスココアを手に部屋に入って来た時、快は黒のシーツが敷かれた彼女のベッドに横になっていた。

「ごめんね、散らかってて」

 他のエリアと違い、瀬奈の部屋は片付いているのだが、瀬奈はそう言った。瀬奈は快だけではなく、仲の良い菖蒲もあまり家に呼ばない。それほど、自分の家の"だらしなさ"が恥ずかしくてたまらなかった。

「おばさんたちは?」

「お母さんもお姉ちゃんも今日は彼氏んとこ」

「二人共?」

「うん、そろってお泊り」

 こともなげにそう言って、瀬奈は笑った。瀬奈は、五歳上の姉と母との三人で暮らしている。姉妹の父は金と女にだらしなく、まだ瀬奈が幼い時に母に愛想を尽かされ、離婚されて追い出され、それきり音信不通となっている。母親はその後、何人かの男性と付き合ったが再婚には至らず、現在もある男性と交際し、社会人の姉も同じように男性と交際し、週末以外でもよく家を空けていて、家族の交流は少なく、それが関係してか、瀬奈は一緒に暮らしている母や姉に心を閉ざし、家族なのに最低限のプライベートしか明かさず、よくその事で喧嘩になっていた。