ロマンスグレーの紳士が、長い脚を運転席から降ろす。

 空一面に広がる春の青が何とも心地いい。紳士はドアを閉めると、ピビッと甲高い音を鳴らして車にロックをかけ、そのままある一軒の家へと向かった。

「あらっ」

 チャイムを鳴らすとすぐに玄関のドアが開き、中年女性が顔を出す。

「まぁ! いつこちらに?」

「今朝です。成田から直接こっちに」

「あら……ごめんなさい。瀬奈ちゃんたち、さっき公園に出かけたの」

 そう言って、女性が不憫そうに紳士を見ると、紳士は小さく首を振り、目尻にしわを寄せた。

「ああ、いいんですよ。それより皆さんお元気ですか?」

「ええ、主人も爽も元気です」

「爽くん、結婚されたんですよね?」

「ええ去年。もうすぐもう一人、孫が増えるんです」

 そう言って嬉しそうに女性が微笑むと、紳士も思わずつられてまた笑顔になった。

「よかった。紗織さんもお元気そうで」

「入江さんも」

 和やかに談笑が進む。と、紗織がハッとしたように体を横にずらした。

「こんなとこで立ち話も何だから、入ってください。お茶淹れますわ」

「ああ、お構いなく」

 スリッパを勧める紗織に英明はまた小さく首を振った。「あまり時間がなくて……」

「あら」

 英明のその言葉に紗織が残念そうに彼を見る。

「じゃ、瀬奈ちゃんたち呼んで来ますわ。すぐそこの公園だから」

 そう言って家を出ようとする紗織を、英明は慌てて制した。

「判りますから僕が行きます。あの、耕助さんによろしくお伝えください」

「せっかく来てくださったのに……ごめんなさいね」

 紗織のすまなそうな視線に見送られながら英明が玄関先を離れる。と、その背中に紗織の声が飛んだ。

「あの……愛美さんは……?」

「……元気です」紗織の問いに一瞬歩を止めて、英明が振り返った。

「今は、結奈ちゃんの墓参りに……」

「……そう」

 二人の間の空気が少ししんみりする。英明は紗織に軽く一礼すると、またビビッと甲高い音を鳴らして車のロックを解除し、運転席に乗り込んだ。

 大きな道に出てすぐの公園が視界に入ってくる。英明は公園入口の近くに駐車すると車を降り、さっきと同じようにロックをかけた。

 ゆっくりと公園に入った英明の目に、一組の親子の姿が映る。茶色の髪をした女性と細身で長身の男性。そして小さな女の子。

 ――いたいた。