柔らかな髪の毛の感触が何とも気持ちいい。快は静かに笑みを作り、彼女の頭を指で優しく撫でた。



 ガチャガチャと鍵の開く音がし、少し息を切らした様子の瀬奈がドアを開けて顔を覗かせた。

 何の音もしていない家内に安心したように靴を脱ぎ、エコバックを玄関に置いて、残して出て来てしまった優月の様子を見に自分の部屋へ急ぐ。と、中に入った瀬奈は、ベビーベッドに寝ていたはずの優月の姿がない事に驚き、思わず息を止めた。

 ――どこ……?

 紗織は急な仕事で出掛けてしまっている為、今、家の中には自分以外には快と優月しかいない。

 ――まさか……快?

 ゆっくり振り返り、廊下を挟んで存在する快の部屋のドアをじっと見つめる。あの日以来、快とはまともに顔を合わせていないばかりか、会話もしていない。それに、優月を置いて出た事を怒っているに違いない。

 ――優月の事はきちんと謝らなきゃいけない。でも……怖い。

 気の進まない足取りでゆっくり快の部屋に近付く。と、リビングに明かりが点っているのが目に入り、瀬奈はそちらに視線を向けた。

「……」

 ゴクリと唾を飲み込みながら、微かに震える手でリビングへ続くドアのノブに手をかける。最後にもう一度ゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決め、思い切ってドアを開けた瀬奈の瞳に飛び込んできたのは、実に意外な光景だった。

「――快」

 リビングのソファに座って背もたれに体を預け、快が優月を抱いて目を閉じている。と、ドアの開いた音に気付いた快と視線がぶつかり、思わず瀬奈は立ちすくんだ。

「……ごめん。起きたんだ……。買い物、連れて行こうと思ったんだけど、よく寝てたから起こすのがかわいそうで……」

 もごもごと言い訳をする瀬奈に、快はもう長い間忘れていた、優しい眼差しを向けた。

「教えてくれよ」

「え……?」

「おむつって、どーやって替えるんだ?」

 キョトンとしていた瀬奈の顔が、みるみるうちに驚きの表情に変わる。

「うん……」

 瀬奈は嬉しさを噛み締めた顔でうなずき、少し恥ずかしそうに照れ笑いした。