うるささに顔をしかめ、枕を被ってみるが完全に音を塞ぐ事はできない。しかも泣き声は段々激しく、哀しくなってくる。快は仕方なく、軽く舌打ちしてから、のろのろとベッドを抜け、不機嫌な足取りで瀬奈の部屋のドアを開けた。四方を策に囲まれたベビーベッドの中で、優月が一人、真っ赤な顔で泣き叫んでいた。

「瀬奈? お母さん?」

 泣いている優月をそのままに、一度廊下に戻って瀬奈と紗織を呼ぶ。

「瀬奈! お母さん!」

 静かな家内。リビングのドアを開けると、驚いた事に誰もいない。

 ――いねーのか? 優月を残して二人共? 嘘だろ? どこ行っちまったんだよ。

 優月の泣き声が更に激しくなる。その激しさに、さすがの快も心配になってきた。

 ――ミルクか? おむつか?

「優月」

 慌てて部屋に戻り、ベビーベッドから慣れぬ手つきで優月を抱き上げる。

「よしよし」

 あまり構ってやった事がないのと、ぎこちない手つきで、抱き上げられても優月は全く泣き止む気配がなく、ますます顔を真っ赤にし、声を荒げる。

「瀬奈!! お母さん!!」

 怒りと焦燥と不安とで、声が少々頼りなく響く。快は優月を抱いたままキッチンに行き、ミルクを探したがどこにも缶が見当たらない。

 ――おむつか?

 お尻の具合を掌で確かめてみるとズシリと水分の重みを感じる。しかし、おむつの場所は判っているが使い方が全く判らない。

 ――ああ~、どーすりゃいいんだよ!!

 自分が泣きたい気持ちになりながら、一生懸命優月の背中や頭を撫でる。するとしばらくして泣き疲れてしまったのか、快に抱かれたまま優月は眠ってしまった。

 ――やれやれ。

 静かになってホッとし、ベビーベッドに戻そうと体勢を変える。と、眠る優月の頬から、乾いていない涙がポトリと快の手の甲に落ちた。泣き止んだばかりなのでまだ頬は赤く、表情は心なしか、哀しく、疲れているように見える。

 ――優月……。

『産んでほしい』

 一年前、様々な理由から出産を拒む瀬奈に自分自身が伝えた本音。生まれて来た時、初めて耳にした産声に感動したあの夏の日――。

「優月」

 快は寝かせようとしていた体勢を再び変え、宝物のように大切に、優月を抱き締めた。

「あー……」

 小さく声をあげ、優月が快のシャツを小さな指でギュッと摘む。そのしぐさに快は初めて心から優月を愛しいと感じ、同時に自分が彼女の"父親"である事を自覚した。

 ――この子は俺の子。俺たちの小さな子供。俺は今まで、ただ名ばかりの父親でしかなかったな。