――誰も……いない……。
五感で感じ取れる"孤独"。濡れた髪からポタポタと滴が落ちる。
――誰か……。
目を閉じ強く願う。
――誰か……!
と、その時、ふっと、左頬に微かな温もりを感じ、快は固く閉じていた瞼を上げた。真っ暗闇の中に、小さな灯が見える。今まで全然見えなかったのに……。
――誰か、いるのか……?
自分の掌さえも見えない闇の中に、白く浮かび上がる灯。快はじっとそれを見つめた。
――あそこに行けば……。
重たい身体を持ち上げるようにして立ち上がる。雨でますます重くなる服が、ズシリと肩にのしかかった。
「……」
灯に向かって、ゆっくり歩を進めて行く。
――いるよな?
一歩、また一歩と、灯に近付いて行く。徐々に大きくなる灯が、まるで彼を待っているかのように、優しい光をこぼしてくる。
――瀬奈。
胸にいる、幼い頃から知っている女性。何の根拠もなく、本能で瀬奈の顔が浮かんだ。
――あの先で……待ってるはず……。
『……快に、生きててほしい……。死なないでほしい……』
判っている。本心を口にする時、照れ屋な瀬奈は背中を向ける事。そうしなければ言えない事。
――待ってるはず……。
長い長い闇の中を、快の足が一歩ずつ、確実に灯へと近付いて行く。
――いて……くれるはず。笑顔できっと……。
灯のすぐ目の前までたどり着く。
――お前の、笑顔が……見たいんだ……。
灯の中にそっと手を差し入れる。微かな温もりが指先に触れた。
――笑顔を……。
瞬間、まるで灯の方から彼に近付くように、快の身体が白い空間に飲み込まれる。眩しい光に目がくらみ、快は思わず目を閉じた。
激しい泣き声にハッと目を開くと、彼は自室のベッドにいた。
視界を遮る長い前髪は窓からの光を艶やかに含んで金色に輝き、乾いている。あんなに重かった服も全く濡れておらず、感じるのは自分の体の重さだけ。
――夢……か。
随分リアルだったなと、寝返りをうった耳に、依然、泣き声が聞こえてくる。
――んだよ、早く泣き止ませろよ。