優月を起こさぬよう静かにベッドを出、寒い室内を何も羽織らずに動いてドアを開ける。廊下に出てゆっくりドアを閉めると、瀬奈は急ぎ足で快の部屋のドアノブに手をかけた。
「……快?」
数日振りに入る快の部屋。暗くても室内はよく知っている。
「快……?」
相変わらず聞こえてくる唸り声は、部屋に入った事で一段と大きく聞こえている。瀬奈は彼のベッドに近付き、うつ伏せになっている快の肩に手をおいた。
「快? どうしたの? 苦しいの?」
まるで地の底から響いてくるような唸り声が、突然止む。その現象に瀬奈の手がピクリと硬直した。
目には見えない閃光が、足の裏から頭の先まで、真っ直ぐ一気に五体を貫く。微かに開いたカーテンから差し込む蒼い薄明かりの中、彼女の瞳に、机の上に散らばる、空になった大量の薬ケースと、空になったガラスコップが飛び込んだ。
「や……!」
その光景が意味するものが何か――誰にだって明確だ。
「快!!」
瀬奈は悲鳴に近い声で、快の名前を叫んだ。
「快!! 快! 目を覚まして!!」
ピタリと止んでしまった唸り声。頭の中のヒューズがショートして吹っ飛ぶ。
「快!! 快!! 嫌だ目を開けて!! 快……っ!!」
「瀬奈ちゃん!?」
瀬奈の悲鳴を聞きつけた爽たちが、次々と二階から降りて来て部屋に飛び込んで来る。
「快! 快!! 快……!!」
「ひゃ……!」部屋の明かりを点けた紗織が、机の上の残骸を見て目を見開く。
「快!!」
耕助がうつ伏せのままの快の顔を必死に覗き込みながら名前を呼ぶが全く反応がない。
「爽! 救急車だ!!」
爽がリビングへと駆け出す中、瀬奈は半狂乱で快の名前を叫び続けた。
「快!! 快!!」
――逝かないでっ!! 神様、連れて逝かないで!!
「瀬奈ちゃん!」
狼狽しながらも紗織が瀬奈を抱き締める。
「大丈夫! 大丈夫よ瀬奈ちゃん!! しっかりしなさい!」
「快……!!」
閑静な住宅地に救急車のサイレン音が響いて来る。混乱の中、優月だけが何も知らず、時々にっこり微笑みながら、小さな手を握り、眠っていた。