「神童さん、お疲れ様でした。お薬が出ていますので、受付にこれを提出した後、最寄りの調剤薬局に――」

 看護師の口から漏れるいつもの説明が快の聴覚を通り過ぎる。彼は黙って処方せんを受け取ると頭も下げず、そのまま待合室を出て行った。

 ――必要な物は手に入った。

 しっかりと処方せんを握り締め、受付に向かう。その足取りは来院した時に比べると、明らかに軽快になっている事に、彼自身気付いていない。

「百二十四番の番号札をお持ちの方、九番の窓口に――」

 番号札を取り、座って待っていると、まるで能面のような女性の声色で、機械が快を呼ぶ。快は立ち上がると指示された窓口に行き、会計を済ませた後、近くの調剤薬局に向かった。

「お願いします」

 無表情で、まるで機械のように冷たい瞳で快が処方せんを薬剤師に渡すと、薬剤師は事務的な仕草でそれを受け取り、受付の奥へと姿を消した。

 清潔感溢れる店内が、今日はやけにうっとうしい。しかしその一方で、そんな事もどうでもよく感じる自分がいる。快は受付から一番遠いソファに座り、今日何度目かのため息をついた。



「ただいま」

「お帰りなさい」

 帰宅した快を瀬奈が出迎える。

「調子……悪いの?」

 心配そうに快を見ながら、出掛けに聞けなかった事をようやく瀬奈は口にした。

「……ん」

 しかし快はすっきりしないこもった声でそう返事をしただけで、瀬奈を見る事なく自分の部屋に入ってしまった。

 部屋の中に消えた背中が、何だかとても頼りなく瀬奈の瞳に映る。目の前で閉じられた茶色の薄い扉が――開けられない。ドアノブがやけに遠くに感じられる。快の手によって閉められたそのドアの音はまるで、瀬奈との絆を断ち切った音のように、瀬奈の耳に響いた。



 ――あれ?

 その夜、瀬奈は遠くから聞こえる唸り声で目を覚ました。

 優月を産んで以来眠りが浅く、少しの音でも目覚めるようになってしまった瀬奈は、暗い室内を見回し、唸り声の出所を探る為、耳をそばだてた。

 低い唸り声が、暗闇の中、一定の間隔で聞こえてくる。隣のベビーベッドでは、優月がスヤスヤとよく眠っている。彼女はその闇の中で、唸り声の出所をすぐに突き止めた。快だ。