肉体的接触を失った瀬奈が、日増しに遠くなってゆく。

 ――お前はもう、優月のもんだもんな……。

 長期間触れ合ってない肉体はあんなに近かった互いの肌の温もりを跡形もなく記憶の中から消し去り、もう何も思い出せない。

 ――あんなに近かったお前が……今はひどく遠くに感じる。いや、俺自身が今はもう、お前に興味がない。

 総合病院の白い建物が見えてくる。快は視界を邪魔し続ける前髪を払う事もせず、ゆっくり自動ドアをくぐった。

 ――何も……感じないんだ。

 この四ヶ月で快は、瀬奈への興味を完全に失っていた。いや、瀬奈にではなく"女性"に対する興味を失っていた。

 ――何もできない。何にも興味が持てない……。俺は……死んだんだ。魂が、もう……。

 段々と、思考すらも重くなってくる。快は受付に保険証を出し、重そうに瞳を下げた。

「本日は精神科ですか?」

「……はい」

 快から保険証を受け取った事務員がパソコンを操作して再び快に視線を戻す。

「はい、受付が終わりましたので保険証をお返しします。精神科の待合室でお待ちください」

「……はい」

 言われるがまま保険証を受け取り、精神科の待合室に向かう。いつもの廊下を進む快の目に、景色は灰色に映っていた。

 精神科の待合室は他の診療科と違い、科の入口にオートロックのドアがある。それをくぐった背中に、ガチャリとロックのかかる金属音が冷たく響いた。他の科との違いはそれだけではない。待合室の椅子も長椅子ではなく、方向も対面式ではない。横並びで、前の人の背中を見るような形で設置されている。恐らく患者同士が正面から顔を合わす事のないよう、配慮がなされているのだろう。しかし今日の快に、そんな事はどうでもよかった。

 ――皆、俺と同じ気持ちなのかな。

 適当な場所に腰を下ろしてうなだれる。クリーム色で囲まれた外部から隔離された静かな空間。横一列に並ぶ生気のない顔たち。……重苦しい。

「神童さん」

 見慣れた看護師が快の側にやって来て声をかけてきた。快はうなだれたまま、口元を小さく動かした。

「薬が欲しいんです。眠れなくて……」

「判りました。診察がありますから、もう少し待っててくださいね」

 看護師が優しくそう言い、快の側を離れる。快は瞳を動かす事なく、沈む気持ちに身を委ねた。



「今日、通院日じゃないよな」