あっという間に弁当箱が空になる。紗織が小さくため息をつきながら瀬奈に目配せし、瀬奈は優月の様子を見に、自分の部屋へと戻って行った。
――よく寝てる。
ベッドの横に誂えられたベビーベッド。瀬奈はその中で気持ち良さそうに眠っている優月の寝顔を見つめ、哀しそうに微笑んだ。
――優月、お母さん、どうしたらいい?
優月を見つめる瀬奈の瞳が曇っている。瀬奈の気持ちは日々、乱れていた。
出前を取れとわがままを言う快に腹立たしさを覚えた……。もしかして、快を嫌いになったのだろうか。
自分自身の気持ちが掴み切れず、グラグラと不安定に揺れている。瀬奈はこのどうしようもない感情に戸惑い、絶望感に打ちひしがれていた。
――うるさい。
瀬奈の部屋で泣き出した優月の声が耳につく。
――うるさい。
掛け布団を掴んで引っ張り、快は体を丸めた。
――あいつは俺の"もの"だったのに、最近は優月にかかりっきりだ。
授乳が始まったのか、静かになる。
――俺だけの"もの"だったのに……!
コントロールの効かない感情が、生後間もない優月に対して"嫉妬"の牙を向く。
――自分たちの子供なのに……憎い!!
瀬奈への愛情、幼い優月への愛情。その二つの気持ちの真裏に存在する、優月への熱い"嫉妬"。
――もう、俺も俺が判らない……!!
家族それぞれの部屋を隔てている廊下。その廊下がまるで、河よりも長く、海よりも深い距離に感じられる。
――苦しい……!
闇の中に沈む快の背中。
――もう、楽になりたい……!
瀬奈の"支え"を失った瞳に宿る闇。その恐ろしく深い穴は、まるで宇宙に存在するブラックホールのように、漆黒の世界へと、快を誘った――。