本当に疲れた……。

 授乳をしながらチラリと時計に目をやり、優月の授乳を終わらせる。

「はい優ちゃん、ゲップだよ」

 首のすわっていない優月の頭と首に手を当てて支えながら彼女を縦抱きにし、ゲップをさせるために背中をトントンと軽く叩く。優月の生まれたての柔らかな髪が、瀬奈の頬を撫でた。

 ――かわいい。

 何かと大変な育児だが、こんな時、ふと癒される。優月はそのまま寝てしまい、瀬奈も一緒に横になった。

 ――快が……うざい。

 すぐ側、斜め向かいの部屋に快がいる。壁や廊下、空間を通しても快の気配を感じられる。今まではそれがとても嬉しくまた、心地よかった。なのに今は不快でたまらない。

 ――サイテーだ、あたし。

 育児と快との闘病に、瀬奈は心身共に本当に疲弊していた。快の事をあんなに大切に思っていた自分は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。快への愛しさは胸の片隅にまだきちんと残っていて、それを確認できるのに、今は"嫌悪感"が先に立ち、"うっとうしい"と感じてしまう。触れられるのも駄目で、心密かに快が"ED"である事に救われてもいる。そしてそんな自分に、更なる嫌悪感を感じて仕方がない。瀬奈の中で快を愛している彼女と嫌悪する彼女がグラグラと微妙なバランスを保ちながら共存している。快が病院を脱走後に一人で帰宅したと知ったあの日から、瀬奈の中でずっと張り詰めていた糸がプツリと音をたてて切れた。そしてその瞬間から、快をうっとうしいと感じる気持ちが生まれ、ずっと葛藤している。

 ――ねぇ優月、あたしはどうすればいい……?

 満腹で、気持ち良さそうにスヤスヤと眠る優月。快と自分のDNAを受け継ぐ愛しい我が子。

「出前とれよ!」

 突然、リビングから快のこもった大きな声が聞こえ、瀬奈は驚いた。優月を起こさぬようそっと起き上がり部屋を出、リビングに向かう。

「どーし……」

 リビングに入り、続きの言葉。"たの?"を飲み込む。リビングには紗織と快がいて、二人の周囲に険悪な空気が漂っていた。

「何やってんだよ! 早く出前とれよ!」

 ダイニングテーブルのいつもの席で、快が苛ついた言葉を鋭く紗織に投げ付けている。紗織は困惑した表情で、手に持っていたレトルトカレーを見つめていた。

「……カレーが嫌ならちょっと待って。すぐに何か作るから」

 静かにそう言い、紗織が冷蔵庫に向かう。と、快が相変わらず苛ついた様子で声を荒げた。